天女の部屋  心のほぐし絵 幻の天女米 天女農園 天女の庭 現代の羽衣
   天女伝説を訪ねて  
天女のほぐし絵プレゼント(2006年12月終了)
2003年末の九州旅行で神々の住む里「高千穂」へ行き、天岩戸神社の宮司さんから神話の世界のお話しを伺った影響か、(以前から兆候はあったのですが)妻が天女になってしまいました。(この顛末は「天女伝説が生まれた?湯布院 夢想園」を参照して下さい。)
天女であるがゆえ、現代社会への適応が困難なために起こるドタバタ喜劇を報告するのがこの部屋の目的であります。

尚、天女の名誉の為に書きますが、天女の部屋はフィクションではなくて全て実話でありますが、天女が「いつも」ドジばかりしているわけではありません天女は99%は本物の天女の「天」ですが、1%だけ天然ボケの「天」が混じっているので、時々大爆笑になる訳でありまして、そこも天女のいい所だと錆鉄人は思っています。(ドジの回数は錆鉄人のほうが多いかもしれませんが、天女は自分でホームページを作られないので指をくわえているしかないのでありました。これを契機に暴露合戦にならない事を祈る錆鉄人であります。)

第1話 ラジカセ  第2話 パソコン講座  第3話 凍りついた車のドア  第4話 天女の宅急便  第5話 牽引ロープ  第6話 愛情くらべ  第7話 ヘッドライト  第8話 掃除と人生  第9話 ノートパソコン 第10話 いつでも、どこでも、いつまででも 第11話 天女の梅干し作り  第12話 天女の梅干し作り その2  第13話 北沢峠行きのバス?  第14話 テント連泊中止の理由  第15話 天女の嘆き  第16話 草取りおばあさん救済  第17話 天女の片付け  第18話 早起き競争  第19話 天女農園  第20話 ラジオ  第21話 カレー事件  第22話 天女の掃除  第23話 天女のかまゆで事件  第25話 パソコンGPS  第26話 クバの寒冷地獄  第27話 天女のお見送り  第28話 風邪  第29話 赤ちゃん布団  第30話 天女の憂鬱  第31話 スペアの歯ブラシ  第32話 天女ナビ  第33話 未出資金  第34話 ○○が真っ青  第35話 お歳暮の御礼  第36話 天女電車に乗る(その1説明編)  第37話 天女電車に乗る(その2実習編)  第38話 天女電車に乗る(その3 ドタバタ編)  第39話 水のお湯割り  2006年版はこちらです

第1話 ラジカセ(04.01.19)
2004年の新年にあたって、天女は
「現代生活への適応力を強化する」ために「英語力」を強化する誓いを立てました。天女はこれまではマラソンに熱中していたのですが、歳を取って来たので(天女は歳を取らないのでは?)そろそろ引退しつつあり、子供達も大学生となって県外にいる為に「暇」が出来てきたからでもありました。
天女は「永い時間観念の中で生きている」ので、10年程前にも同じ誓いを立てた時に買った「英会話学習のカセットテープ」(5万円位だったか?)がちゃんと捨てずに保存してあり(天女はしまり屋です。)早速それを引っ張り出してきて、炊事の時や通勤の時に聴きだしたのでありました。自分が仕事から帰ってくると、台所からかなり大きな音で聞こえて来ます。(従って夫の帰宅には気が付かないのでありました・・・)
ある日も、同じように英会話が流れてきていました。部屋で着替えをしていると気が付いたらしく「お帰りなさい」と台所から出てきました。錆鉄人は着替えをした後、お風呂を焚く為に焚き口へ行って薪に火を付けました。(弁解しますが、我が家にもちゃんと石油ボイラーはあるのですが、地球温暖化防止の為に、出来るだけお風呂は「循環型エネルギー」である薪で沸かすようにしているのです。・・・しかし、今時薪で風呂を沸かすなんて・・・現代人には神話の世界かもしれませんが、錆鉄人は天女と一緒に暮らしているのですから・・・)
戻ってくると、何故か台所にあったはずのラジカセがこたつの上に載っています。我が家では(というか、錆鉄人は)ご飯をこたつで食べる習慣なので、妻がこたつで聞くために持ってきたのだろうと思って新聞を読んでは風呂焚きをしていました。そのうちに、妻が夕食を持ってきました。食べている間もラジカセはそのままこたつの上にあって邪魔なだけでありました。
食事が終わったら、天女が「カセットを取り出して」と言います。
そういえばカセット挿入部の蓋が開いたままです。このラジカセは子供が中学生の頃使っていたお下がりのもので、カセットを挿入する場合は、蓋が上に持ち上がり、その蓋の下に挿入する構造であります。
見ると!
カセットは、開いた蓋の下のメカの部分にきれいに収まっているではありませんか!
錆鉄人はそんな所に入れた事はありませんが、そんなにうまくそこへ納める事は出来そうになく、「案外天女は器用なのかもしれない?」と今になって思うのですが、
それを見た途端、
「さすが天女やなあ!」
と言い終わらないうちに2人で
大爆笑。数分間は笑いが収まらず、久しぶりに腹筋の運動が出来たのでありました。
笑いが収まってから、カセットは無事に取り出すことが出来、錆鉄人は「
ゴッドハンドだろう」と自慢しました。メデタシ、メデタシ。
かように天女とは愉快な存在であります。
天女の為に弁解しておきますが、挟み込んだカセットは天女が
「自分で」オリジナルテープからダビングしたものであります。(そうするように取説に書いてあったからです。)決してラジカセの操作が出来ないのではありません。
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第2話 パソコン講座(04.01.22)
家に帰るとゴーゴーと音がしていました。「天女」様がトレーニング自転車を漕いでいる音でありました。天女は常に向上心が高いので、低下しつつある体力の維持に努めているのでありました。(最近太り気味だからという理由では決してありません。天女は一緒に寝てると小骨が刺さりそうな位ガリガリです。)
ということで、天女はトレーニングが終わってから、ご飯の支度をしてくれました。(錆鉄人は愛妻家なので、弁当を作るなどという犠牲を拒否し、永い間昼食を食べない習慣でいたので、夕食が1時間や2時間遅れても何ら問題がないのでありました。)
さて、ご飯を食べていると、天女が回覧板のチラシを出してきて見せながら言う。
「私、マウスの操作なら出来るから、これ受けようかしら。」
天女は向上心が旺盛なのでありました。
見ると、町の「無料」初級Word講座でした。
「おいおい、もう5回も受けているんでないの?」
と言うと
「まだ3回だけよ!。それも全部違うのを受けたのよ。」
と威張って言う天女です。
しかしながら、その3つが何の講座だったかは言えない天女に違いありません。
勿論、Exselの関数などは
「神代の国の言葉には存在しない」のでした。
【後日談】
天女は千里眼でこの文章を読んだらしく、
「ちゃんと、分かっているわよ。初級パソコン講座と初級ワード講座と初級エクセル講座よ。」
と抗議しました。天女は記憶力が良いのでした。
しかし、エクセルの関数なんて分からないと言います。
これは天女の名誉にかけて弁明しますが、きっと講師が下手だったのです。
尚、マウスを扱い出して1ヶ月間は、我が家のマウスは
暴走を防ぐために鉛を削り出した重さが10kgもあるものを使っていたので、天女は少し使うと肩が凝ったと訴え、錆鉄人は肩を揉むのが日課でした。(本当は普通のマウスですが・・・。それほどギコチナク操作していました。)
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第3話 凍りついた車のドア(04.01.24)
天女はこの世の人たちと仲良くなるために、某観光施設で仕事をしています。(決して夫の稼ぎが悪いからではありません・・・と言いたいところですが、本当はそうなんです。)
従って、土曜日である今日も8時頃には出勤するので、久しぶりの大雪の積もった今朝は、
「忠実なるしもべ」である錆鉄人は土曜日であるにもかかわらず、気持ちの良いベッドから天女よりも早く(タッチの差で)「勝ったー!」と叫びながら起き上がって、車庫から道路までの雪かきをしたのでありました。(約30分かかるのでありました。)
さて、ご飯を食べ終えて天女さまのご出勤です。天女は錆鉄人の出勤の時には、いつも玄関の外に出て家から出て行く車に向かって(ちょうど目の前がお宮さんでもあり)手を合わせて無事を祈ってくれているので、愛妻家の錆鉄人としても、休みの日には逆に見送ろうと思って実行しているのでありました。自分の弁当を作っている天女さまに、雪道なので少しでも早く家を出て行けるようにと「先に車を出しておこうか?」と言うと「(その間少しでもガソリンが)無駄だからいらない」というのでした。
結局、天女の出勤はいつもとそんなに変わらない時間になってしまいました。天女は車庫に向かって歩いて行き、自分は玄関の前でバックしてくるのを待っていました。
突如、
「ドアが開かない!」
との叫びが・・・。
「今日ってそんなに寒かったっけ?」
と思いながらもそこは忠実なるしもべ、すぐに台所へ駆け込んで、片手鍋に水を汲んで玄関へ。
その間も
「早く!早く!」
と声が聞こえています。
玄関を出た所で天女に鍋を渡すと、天女は小走りに車に向かいドアに水をかけました。
自分は鍋を受け取ろうと車庫に向かうと
「開かない」
と焦りながらドアのノブを引っ張っています。
反対の手にはバッグなどを抱えています。そこに鍵が見えました。
「ロックは?」

今朝の大騒動の原因は、やはり天女ならではでありました。
あまりの寒波に、天女の
「思考回路が凍り付いていた」のでした。
走り出した車を見ると、フロントのワイパーを浮かせたままでした。
「ストップ!ストップ!」と叫びながら後を追いかけたのですが、そのまま走り過ぎて行きました。
毎日毎日、楽しい出来事が次々と起こる天女との生活でありました。
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第4話 天女の宅急便(04.01.26)

実は昨日「天女」と言うべきところを間違って「魔女」と失言してしまってから、「どうせ魔女だと思っているんでしょう!」とややご機嫌ななめな天女でありました。そこへ、宅急便事件が発生したので、安直に「魔女の宅急便」からの発想の題名です。
先日、かつて大変お世話になった事のあるSさんから、「病気になったけれど、やっと回復して字が書けるようになった。」とメールを頂きました。(年賀状の返事でした。)
Sさんは大変立派な方で(それは肩書きやお金持ちであるという事ではなく、その人の生き方・考え方が立派であるという意味です。)我が家の「天女さま」も心から尊敬しています。いわば我々にとって「神様」みたいな存在の人です。
今さらお見舞いというのもおかしなものであるけれど、何か喜んでもらえることはないかと考え、我が家自慢の無農薬栽培の米を食べてもらい、「天女さま」ご謹製の梅酒を飲んでもらえば、
たちまち元気にはならなくても、少しは元気になってもらえるかもしれないと考えました。それで、錆鉄人は米を精米してきて(実はすぐに車に積んだのだが、いつも忘れて家に帰って来ていたので遅くなったのであった。)、天女さまは梅酒をペットボトルに入れました。「見て!きれいでしょう!」とペットボトルを見せます。天女様ご自慢の平成13年度の年代物です。赤っぽいワインのような色になっていました。
さて、中に入れる手紙はしもべである自分が書く役目であります。天女さまは
現代語が得意ではなく(決して文才がないという訳ではありません。)その上にパソコンで文書を作成していたら、A4ページ1枚でも夜が明けるに違いありません。しかもその間中、忠実なしもべは傍に就いていて質問に答えなくてはなりません。(天女さまは慎重な上に慎重に推敲を重ね、パソコンを操作する時も必ずこれでいいのと聞くのですが、それは慎重なだけであって決してパソコンが出来ないのではありません。何故なら3回も無料IT講習を受けているのですから。)従って、文書の作成・印刷は手っ取り早く出来るしもべの役割となる訳です。そして印刷したものを献上し(天女はパソコン画面上では見にくいと苦情を言うのです。)文書を確認して頂くと、たちどころに変換ミスや脱字を発見し(2百数十年前には小学校の先生をしていたという隠れた才能が発揮されたのでした。)「お父さん、身が入っていなかったでしょう。」と指摘されました。錆鉄人は冷や汗を流しながら訂正して印刷を行い、やっと合格。
もう他に我が家らしい贈り物はないかと考え、錆鉄人は畑まで20m程雪かきをして、50cmほど積もった雪を掘って大根を掘り出しました。(ここまではしもべの仕事です。)天女さまは素手で雪にまみれた大根を抜き取り、そのまま外の蛇口のところで泥を落としました。
こうして「鳥取なしのダンボール箱」(これは天女の教師時代の恩人であるMさんが毎年送ってくださるものです。)はちょうど一杯になり、しもべはいそいそと天女さまの車に積み込んだのでありました。
翌日、天女さまは宅急便でSさん宅に送ったのでした。メデタシ、メデタシ。

と、いかないところが天女の天女たるゆえん。
錆鉄人が仕事から帰ってくると、天女はSさんの電話番号を知らないかと聞いて来ます。
安く発送出来るので天女の勤務先の発送伝票(勿論、運賃は払っています)を使って送ったのは良いのですが、いつもの癖で送り主を書くのを忘れたので(勤務先の名前は印字されている)不審に思って受け取ってもらえないかもしれないと言うのです。
「やっぱり天女やなァ!」とまたまた爆笑。つられて天女さまも爆笑します。
昔頂いた年賀状は、去年の披露宴の準備の為に部屋を整理したときに処分してしまったという。(天女はもったいないと言って自分のものは滅多に捨てませんが、夫のものは簡単に捨てることが出来るのでした。)長女がSさんとネパールへ行った時の名簿があるはずだと言うと、それも披露宴の準備のごたごたで何処にあるか分からないと言います。しかし、片付けをする場合は「右にあるものを左に移動するだけ」という人間国宝ならぬ天女国宝的高等技術のおかげで、30分程探したら見つかりました。
錆鉄人は「自分の責任でしょう。」と突き放したので、電話は天女さまが直接かけました。
奥様が出られたので「福井県のWですが」と言ったら
、即座に分かって下さって、Sさんに代わりました。
天女がしどろもどろで弁解しながら電話をした言い訳をしているので笑っていると、突然「お父さんに代わります。」と振られてしまいました。
Sさんは岡本太郎の弟子だったというすごい画家でもありましたが、まだ筆を握ることは出来ないとの事でした。こんないい人が何で・・・と思いました。暖かくなったら遊びに来てくださいと伝えました。
おかげで、数年ぶりに(あるいは十数年ぶりかもしれませが)直接お話しをすることが出来たのでした。
天女とは、ドジを装いながら気の利いたことをする存在かもしれません。
「お父さんはSさんのM・・・という字を間違えていた(変換ミス)ので、全部直したのよ。」と威張っている天女でした。
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第5話 牽引ロープ(04.01.30)

長女が金沢から帰ろうとしたら、乗っている車(ミラジーノ13年3月新車で購入)のエンジンがかからないと言ってきました。
とりあえず、その日は電車で家に帰って来させて、卒業も近いので帰りは送っていって車を見て、ついでに荷物を持って帰ることにした。もしもバッテリーを買わなければならないような場合を想定して早く金沢に到着出来るように、この日休みだった天女さまと仕事の出先で待ち合わせして、長女を乗せていくことにしました。引越し間近だというのに、いつも通りこまごまとした野菜や調味料やお菓子などを積み込み、車の中で食べるおにぎりやお茶まで用意してありました。
さらに「牽引ロープがいるかと思って持ってきた。」と言って自分の車に取りに戻りました。
錆鉄人は「オートマだから牽引は無理かもしれない。」と思いましたが、
天女さまにしてはよく気が利くなと感心していました。
が・・・
渡された牽引ロープは、荷造りなどに使うただのビニールの紐でした。
天女の住んでいた天上界では重力がないので、こんなロープでも牽引出来るのかも知れません。
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第6話 愛情くらべ(04.01.31)
天女さまはとても家族の健康に気を遣っています。スーパーで食料品を買う時も、全て添加物等のチェックを行うので買物の時間がとても長くかかります。さらには様々な薬品や電磁波などの影響についても研究しています。電子レンジには電磁波防止シールを貼っていて、スィッチを入れたら1m以内には決して近づきません。
従って、電気敷毛布も身体のすぐ近くに電熱線があるので、電磁波の影響があると言って「無理矢理」撤去したのはもう何年も前のことです。錆鉄人は相当の寒がりなので、それまでは電気毛布を
「最強」にして気持ち良く寝ていたのですが、それ以来、布団に入るには「覚悟」が必要になりました。まだマラソンのトレーニングをしていた時は、腹筋運動などをして体温を上げてもぐりこめたから良かったのですが、今は「気合を入れて」もぐりこんで、布団が温まるのを待つ錆鉄人でした。
普通は錆鉄人のほうが早くお風呂に入って、その後はベッドで本を読んでいます。天女さまはお風呂と一緒に洗濯をして、風呂から上って洗濯物を干すので、結構冷えてベッドに入って来ます。しかも大きく布団をまくりあげて入るので、せっかく温まった布団の中の空気が逃げてしまいます。布団に入ると「ああ冷たい」と言って、天女の足を錆鉄人の足にくっつけてくるのでした。
ある日のこと(もう何年も前)でした。なぜかベッドに入る順番が変わって錆鉄人のほうが遅く入った事がありました。出来るだけ布団をめくらないようにもぐりこみ、天女がするように自分の足を天女の足にくっつけたのでした。
「キャーッ!冷たい!」
と天女さまは言うなり、即座に足を引っ込めました。
錆鉄人は普段の体温が35℃を下回っている低体温で、特に足は冷たいので無理もないと思うのではありますが・・・)ここぞとばかり言いました。
「夫は今まで一度もそんな事言って足を引っ込めたことはないよ。これが夫と妻の
愛情の差だね!」
と勝ち誇ったのであった。
これはかなり
大きな勝ち点であり、それ例来、錆鉄人は事ある毎にこの事件を持ち出して自慢したのでした。
(我が家の「良かった捜し」は自己アピールの競争なのでした。)
無論、この1件以来、天女さまは悲鳴を上げても足を引っ込めることはなくなったのでした。
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第7話 ヘッドライト(04.02.15)

天女さまはこのページを大変気にして夫に内緒で見ているようです。そのせいか、最近天女ならではのドジが影を潜めていました。
この日はお昼前に親戚の法事があり、その後ご馳走を食べながらお酒を飲んだので、天女さまに迎えに来てもらいました。締まり屋の天女さまなので、代行料金を払うくらいなら喜んで迎えに来てくれるのでした。
そして、午後6時過ぎに車を取りに行くことになり、天女さまの車の助手席に乗って親戚へ向かいました。この時期なのでヘッドライトは点灯して走っていました。すると、ヘッドライトをアップにしたままと思われる対向車が来ました。「まぶしいわね。」と天女が言うので「合図をしたら」と言うと「どうするの?」と聞きます。「スィッチを手前に引くんだよ。」と答えるとその通りにしましたが、その時には対向車は真横に来てしまっていました。
「これは違う。」と言うのでハザードスィッチを押して「これか?」と言うと、笑いながら「そんなわけないでしょう。」と言います。そして「ライトをアップにするのはどうやるの?」と聞いてきました。
「エッ!・・・今まで知らなかったの?」
そういえば、1ヶ月ほど前に天女さまの車を運転した時に、リアワイパーを使ったら「どうやって動かすの?」と聞いてきました。
3月で丸1年になるのですが、11ヶ月もの間ヘッドライトをアップにする事さえ知らずに乗っていた訳でした。まあ、飛ばさなければロービームだけでもいいのかもしれないけれど・・・。
リモコンドアロックも使っているのか聞いたら、「ロックしたのかどうか分からないので結局使っていない」と言って、いつも鍵を使って開け閉めをしている天女さまでした。きっと廃車する時までリモコンキーの電池が持っているに違いありません。
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第8話 掃除と人生(04.03.15)
それは妻が天女になるずっとずっと昔の話です。
天女は掃除が嫌いではありませんが、全てに丁寧なのでとても時間がかかります。年末の大掃除などを始めたら、いつ終わるともしれないほど掃除をしていました。毎日の掃除も時間がないので一部しか出来ませんが、子供が毎日散らかすので掃除をしたのかどうか分からないありさまでした。
早い話が「下手」なのです。
天女は観光施設で働いているので土日の休みは1ヶ月に1、2日しかなく、錆鉄人はそんな日は家族で出かけたいと思っていました。お盆休みは2日しかありませんが、錆鉄人は家族で登山をしたいと思っていました。また、年末年始には折角の長い休みを利用して家族旅行がしたいと思っていました。
天女は生真面目ですから1日中でも掃除をしているに違いありません、でもそれではやりたいことが出来ずに終わってしまいます。
そこで錆鉄人が考えたのは次のことでした。
「掃除なんかで人生を無駄にしてはいけない!掃除を数日しないからといって別に問題ないではないか。そんなつまらない義務みたいなことに毎日時間を取られて、したいことが出来ないのではつまらないではないか。
どうしてもしなくてはならない事は出来るだけしないようにして、やりたいことをするべきだ!」
こうして、天女は毎日の掃除から解放されたのでした。(4人の姉たちは来る度に「きたない」と言いますが、気にしなければ良いのです。掃除をしなかったからといって命に別状はありません。)そして、それが我が家のモットーになったのです。たまの大掃除の時は天女から「お父さんは掃除の天才ね」とおだてられています。
家計簿もやめさせました、妻が無駄遣いをしないのはわかっていますから「そんな時間の無駄はやめればいいよ」と言いました。(何故か振込み用紙が2箇所から送られてきて、娘の年金を2回振り込むというドジもありました。請求書が来れば内容も見ずに払ってしまう天女ですから。今はそういう事はありませんから、架空請求書を送らないで下さい!・・・心配だなァ)
大学生の娘達への仕送りも毎月いくらとは決めていませんから、どれだけ送ったかは把握していません。これも娘を信頼していますから必要なだけ送るというスタンスです。(通帳には何十万円も貯まっていました!)
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第9話 ノートパソコン(04.03.23)
我が家にCATVインターネットが接続されて2年余りが経過しましたが、接続されるや電話代も切手代もかからずに県外の大学にいる娘達と連絡が出来るというので、天女は張り切って錆鉄人から電子メールの作法を教わろうとしました。当然、そこは天女であるので・・・でありましたが。しかし、錆鉄人は怒りもせずに何回も手足を取るように親切丁寧に教えたので、いつしか免許皆伝となり、
「ひとりでも」メールが出来るようになったのでありました。(メデタシ、メデタシ)
当時、パソコンは錆鉄人と兼用だったので、天女のメールアカウントのパスワードを入力すれば良い状態にしてパスワードを入力させ、夫には内緒で娘達と会話を楽しんでいたのでありました。しかし、このパスワードは妻の性格から類推した夫に簡単に破られる運命にあり(別にパスワードを破らなくても、書いたらこれでいいかと内容を確認してくる天女ですが)、いつしか天女は入力が面倒なので、錆鉄人に
代筆ならぬ代入力を命ずるようになっていたのでありました。
そのパソコンが最近調子が悪いと思っていたら、遂に壊れてしまったのです。娘達にはパソコンが壊れたのでお母さんのメールは使えないと連絡していたのですが、天女はメールが出来なくて寂しいとこぼすのでありました。(メールをしていたのはほとんど夫なのですが・・・?)そこで愛妻家の錆鉄人は古いノートパソコンをセットアップして使えるようにしてやりました。こうやって蓋を開いて、電源をこうやって入れて・・・と再び手を取るようにノートパソコンの作法を伝授しました。そして電源を切り、自分でやらせてみました。
もう教える必要がないので、自分は新聞を開いていました。すると、キリキリ・・・と変な音がしています。どうしたのかと見ると「開かない」とあせりながら一生懸命に電源のスイッチをスライドさせているではありませんか。「これは電源スィッチ、蓋はこのスィッチ」と教えてやっと使えるようになりました。
「電源を切るのはどううするの?」「それは一緒だよ」と言ったら、すぐに蓋を閉めました。
「エッ?早から電源が切れたの?」「電源を切断していますって出ていたよ。」
このノートPCはすこし動作が不安定な時があり、このようなおかしな操作をするとハングアップするのではないかと危惧して、蓋を開けてみると案の定ハングアップしていました。電源スィッチはスライド式なので押し続けて切ることも出来ません。しかたがないので電源コネクターを抜き、裏返して裏蓋を開けてバッテリーを外して強制終了させました。「ちゃんと立ち上がるかな?」と言いながら電源をONして画面が出るまで、天女はごめんなさいと言い続けたのでした。
それからは
ノートパソコンは怖いと言って何日も使わないのでありました。ある日、錆鉄人が「せっかくセットしたんやで使ってや」と言ったので、久しぶりに蓋を開けようとして蓋が開かないと言ってきました。見ると今度はちゃんと蓋のスィッチをスライドさせて蓋を持ち上げていましたが、少し開いたところで止まったままでした。そんなことはないよと言って開けるとちゃんと開きます。天女も再度やってみておかしいなと言っています。どうも途中で重くなったので壊れるのではないかと思ったようでした。
このようにして、
「ノートパソコンの蓋をあけることでさえ大騒動が起こる」天女の楽しいパソコン生活が再開したのでありました。
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第10話 いつでも、どこでも、いつまででも(04.06.20)
テレビで無呼吸症候群の話をしていました。そこで心配になった夫は、「僕は無呼吸症候群ではない?」と天女に尋ねたのでした。
すると、天女は少し考えましたが「分からない」と言いました。瞬間、顔を見合わせて大爆笑。そうなのです、天女は
「元祖、いつでも、どこでも、いつまででも」寝られる特異体質なのでした。天女はベッドに入ったと思いきや、5秒後には熟睡しているという高等技術の持ち主であり、やはり人間とは思えません。従って、夫のいびきが邪魔で眠れないという事はないのでありました。
その血を継いだ長女は、小さいころから「いつでも、どこでも、いつまででも」でありました。
次女は何故かそういうことはなかったのですが、ワンゲル部に入って鹿児島や青森から青春18切符で鈍行に乗って帰って来る事を繰り返しているうちに、その
「奥義を極めた」と言っていました。
天女はそれだけ毎日がくたくたになるまで動き回っているという事であり、勿論、錆鉄人は
大いに感謝申し上げているのであります。しばしば登山に連れて行くのもその御礼であり、天女にとってはハードな登山も何ほどでもなく、車で移動しているほとんどの時間は寝ているというゴージャスな旅行なのでありました。
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第11話 天女の梅干し作り(04.06.28)
天女はもう10年近く梅酒作りをしていて、お世話になった方に送って大変喜んで頂いていました。(お世辞かもしれませんが、夫はとてもうまいと思っています。)特に昨年は梅が豊作だったので大量に作りました。今年は梅の裏作でしょうか、実家(何故か「月」ではありません、近くには竹やぶがあるので、かぐや姫だったのかもしれれません。)の梅は今年はほとんどなっていないとの事でした。我が家の3本の梅の木もあまりなっていませんが、天女の要請に従って(天女が採れなかった高い所の梅を採る為に)愛妻家の錆鉄人は梅の木に登り、太い針のような枝に引掻かれながらも、折れそうな枝にまで登って天女の為に命かながら梅の実をむいだのでした。
しかし、それは梅酒を造るためには使われませんでした。天女が作ろうとしたのは梅干しでした。それは、我が家の畑にたくさん生えてくる「紫蘇」を毎年抜き取って枯らしている事からの発想だと思われます。この前、夫が畑の草取りをしながら紫蘇の木を一部抜き取ってしまったら、梅干しを作るからもう取らないでと言われていたのでした。
という事で、我が家の梅は全て梅干しにすることにして熟してくるのを待っていたようでした。梅酒用の梅は生協から買ったのですが、送られてきた梅は熟したものでした。よく見ると「梅干し用梅」と書いてあります。しかし、これで梅酒を造ったようです、今年の梅酒はどんな味になるか、ちょっと心配?楽しみ?です。
さて、いよいよ天女の梅干し作りが佳境に入ってきたようです。夫が帰って来ても「ちょっと待って」と言いながら紫蘇の葉を台所で洗っています。夫の夕飯を出してからも自分は食べずに、長々と紫蘇の葉を洗っていました。そしてザルに入れて水を切っていました。そこへ行こうとすると、「駄目、来ては!」と接近を拒みます。喋ったら唾が着くから近寄らないでと言い、結局真夜中頃に終わって、乾燥するために置く場所を捜していました。天女はいろいろ思案して、ついに玄関のすぐ横の階段の前に置くことにしました。娘達が帰ってこない限り、まず2階には行く事はありません。下に新聞紙を敷くなどしてモロ蓋に乗せた紫蘇の葉を置き、天女の1日目の仕事はようやく終わったのでした。
翌日、帰ってくると、また台所で紫蘇の葉を洗っています。「まだあるの?」と聞いたら、うっかり玄関の掃き掃除をして、ホコリがついてしまったので洗い直しているとのことでした。この日もまた、真夜中までかかっていました。錆鉄人ならホースで水をかけてシャンシャンと5分で終わりだと思うのですが・・・
さらにその翌日、帰ってくると、台所には電気が点いていますが、天女の車が車庫にありません。近所回りなら自転車に乗って車は使わないのに何処へ行ったのかな?と思っていると、紫蘇の木が入った大きなビニール袋をかかえて入ってきました。聞く前に「2回目の揉み汁を捨ててしまったので、色が付かないので実家まで取りに行ってきた。この説明書は違っている!」と憤慨していました。そうです、
天女に間違いはないのです。悪いのはおかしな手順を書いた説明書なのでした。またこの夜も、紫蘇の葉を洗う作業が深夜まで続いたのでした。夫は待ちきれずに寝てしまいました。
しかし、3度目の正直とはよく言ったもので、遂に天女の梅干し作りは
「めでたく」第一段階を突破したのでありました。食べられるようになるまで、まだまだ何段階もの試練が待ち構えているかもしれませんが、天女はきっとやり遂げることでしょう。
梅干し1個当たりの作業時間は1時間を突破し、
赤いダイヤとなることはほぼ疑いがありません。そのような「貴重な」梅干しを食べられる錆鉄人は幸せものであります。(錆鉄人は寂しく先に寝ているばかりの日が続くことと思われます。)
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第12話 天女の梅干し作り その2(04.07.25)
赤いダイヤに成長しつつある天女の梅干しの続報です。
甕に漬けた梅干しですが、天女は「3日間連続天日で干さなければならない。」と言って、毎日天気予報を見てはそわそわしています。何かの用事で小屋に入ってみると、竹の香りの漂ってきそうな真新しい立派な笊が2つ、デーンと置いてあるではありませんか。天女は一つの事に係わるとそれに集中する性格なので、どうやら早く干したくてたまらないようです。この梅雨時期に3日も天気が続くはずはないのですが・・・。ある日、それは天女の仕事が休みの日だったので、天女はいそしそと甕から梅干しを出したのでありました。案の定、夕方には甕に戻すことになりました。しかし、懲りずに何度も挑戦するのが天女の天女たる由縁、錆鉄人に言わせれば無駄と思われるだけの出し入れを繰り返すのでありました。
「おいおい、本当に1個1時間の梅干しになっちゃうよ。」と言うと、
「もうなっているかもね?」と夫を煙に捲く天女でありました。
そして、福井豪雨の置き土産を残して梅雨明け。天女は
嬉々として梅干しを干したのは言うまでもありません。
しかし、しかしであります。色のつきが悪いとかで誰かと相談して、梅干しは途中で再び甕に入れられたのであります。
この間、夫は寂しく人生を送っているばかりでありました。
果てしない梅干し作りの泥沼から天女を取り戻す日はいつになるのでしょうか・・・
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第13話 北沢峠行きのバス?
(04.07.30)
ワンゲル部に入って縦走をしている下の娘に逢うための、年に1回の山登りの日が近づいました。
5月に帰って来て以来娘に逢っていない天女ですが、山登りは好きでないと言いながらも1ヶ月も前から楽しみに待っていたのでありました。「お母さんの大事なユミちゃんにやっと逢えるね。」と言うと、照れを隠して「お父さんの大事な大事なユミちゃんにやっと逢えるね。」と言い返す天女でありました。
しかしながら、錆鉄人は直前の磐梯山登山で強烈な捻挫をしてしまい、太ももから足指までいたる所が内出血し、まるで
象の足のように腫れ上がってしまったのでありました。優しい天女は、早速腕まくりしてかいがいしく世話を焼いてくれました。この時ばかりは天女の特効薬「アロエ」でも無理と思ったのでしょう、まずは冷やさなければと大量の氷を袋に入れて持って来てくれました。しかし、スーパーのポリ袋に入れた氷は溶けるに従って座布団を濡らし、天女はタオルを持ってきて拭いたり袋を代えたりとおおわらわでありました。寝る時には湿布を貼って取れないように包帯を捲いてくれました。折角、滅多にない強烈な捻挫をしたのだからと、デジカメで写真を撮ってくれる天女でありました。
その甲斐あってか、錆鉄人は驚異の「超回復」を果たし、4日後には腫れもかなり収まったのでありました。天女のかいがいしい世話は純粋に夫に対する愛情であって、ユミちゃんに逢うためには何としても夫を回復させなければという
下心などないのは明白でありました。
錆鉄人の超回復によって、予定通り7月30日は有休を取り、29日夜にめでたく我が家を出発し、錆鉄人は長野県長谷村へと眠気を堪えて車を走らせたのでした。
「いつでも・何処でも・いつまででも」眠っていられる特技を持つ天女は、ほとんどの時間後席のベッドで寝ていたのはいうまでもありません。
錆鉄人はヘトヘトになって仙流荘横の駐車場に車を止め、ビールを飲んで眠りについたのでありました。
Webで見た情報によると、混雑時には臨時バスが5時に出発するというので、目覚まし時計で4時半に起きたのでありましたが、そんな気配はありません。足の痛い錆鉄人は天女に「そこがバス乗り場だから時刻表を見てきて」とお願いしたのでありました。ぐっすり眠って元気一杯の天女は勇んで出て行きましたが、なかなか戻ってきません。
やっと帰ってくると「8時半までバスがないわよ」と言うのでありました。そんなはずはないと思った錆鉄人は痛い足を堪えながらバス停に出かけました。バス停にはすでに数人の登山者がベンチに腰をかけてバスを待っていました。そこには6時30分と出ています。「おかしいな?」と思った錆鉄人が目を凝らすと、はるか向こう仙流荘の前にバス停の標識が見えました。
錆鉄人は痛い足を引きずりながら歩いていって見ると、そこには確かに「始発8:30」と書かれていました。天女が時刻表を見てきたのは間違いありませんでした。ただし
行き先は「新宿」でありました。
長谷村や北沢峠の地理に詳しくない天女に頼んだ錆鉄人が間違いでした。
天女の場合は羽衣があるので、新宿から北沢峠まではあっという間かもしれませんが、錆鉄人は「ただの変人」ですから、そんなことは出来ません。天女の視察結果に従って8時まで寝ていたら(この場合、天女は間違いなく8時まで寝ていますから)悲惨な結果となったに違いありません。錆鉄人の奮闘のお陰で予定通りユミちゃんに再会出来た幸せな天女は、「これで大満足!」とご満悦でありました。
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第14話 テント連泊中止の理由(04.07.31)
7月30日愛しいユミちゃんと久しぶりに再会出来た天女は、他のワンゲル部の人達と一緒に記念撮影をした以外は、あいにくの雨模様続きだったので、この日の登山計画は中止にして1日中テントで寝ていました。31日は天気が良ければ朝3時に起きて千丈と甲斐駒に登ろうと言っていたのですが、雨は降り続き、テントの中で朝食を作って食べました。
小雨だから今日は千丈に登って、明日甲斐駒に登って帰ろうかと思っていた錆鉄人ではありましたが、天女にどうしようかと相談すると、今日のうちに帰りたいと言うのでありました。その理由は、エアーマットをしていたにもかかわらず腰が痛くなったからでありました。無理もないと思います、天女は30日の朝早くにテントを立てて以来、24時間ほとんど寝ていたのですから。
捻挫が気にかかる錆鉄人も無理をすることはないと考え、雨の止んだタイミングを捉えて出発し(途中から雨になりましたが)千丈岳にだけ登ってテントを撤収し、バスで駐車場に戻ったのでありました。帰りのバスの運転手は親切で、花が咲いている所やビューポイント、はたまたカモシカがいると言っては止まって説明してくれましたが、天女には
子守唄に聞こえたようでした。帰りの車の中でも寝続けた天女の名誉の為に付け加えますが、足が再内出血して痛みがぶり返した錆鉄人は、登山道具の後片付けもほどほどに足を冷やしながらテレビでサッカーを見て、その後は寝たのでありましたが、天女は濡れたテントの乾燥から着ていたものの洗濯まで、何時寝たのかも知らずに働いていたのでありました。
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第15話 天女の嘆き(04.08.05)
以前に紹介したように、天女は地球人と仲良くなるために某観光施設で働いています。従って通常は平日が休みであり、夫と共通の休日は月に1〜2回しかありません。15年位前からマラソンを始めた天女と錆鉄人は、マラソンシーズンのこの共通の休みの日はほとんどマラソン大会に参加していました。マラソンシーズンといっても毎日練習で走っていたわけではありませんが、真冬でも時々走っていたので、まあ年間を通じてジョギングをしていたわけです。
しかるに錆鉄人は仕事が忙しくなったためか、年齢によっておっくうになったためか、あるいは達成感を感じたためか定かではありませんが、もう5年以上前からマラソン練習をしなくなったのです。「マラソン命」と頑張っていた天女は、それでも時々走っていたのですが、一人で走っても張り合いがないのでしょうか、しきりに夫にモーションをかけてきますが、走らなくなった夫は走ることがおっくうになったばかりでなく、走る体力もなくなってしまったので応じません。
しかも父母が亡くなった我が家の庭や畑は雑草が生い茂ってきたので、天女が休みの日に「今日は久しぶりに走ったの。」と夫に報告した時に「そんな暇があったら、草取りをして。走るのは夜でも出来るやろ。」と言ったのでした。それは5月頃だったと思いますが、それ以来、天女の休みの日の朝には「今日も草取りをするのね。私は
草取りおばあさんになってしまうのね!」と嘆いているのでありました。
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第16話 草取りおばあさん救済(04.09.11)
天女は毎日のように「草取りおばあさん」と嘆いているので、天に帰ってしまうことを恐れた夫は、一生懸命に対策を考えていたのでした。まずは自分で草取りをという事で、休みの日には草刈機で雑草を刈ったり草取りをしていましたが、2人で山登りをしたりして草取りをする時間が少ないので、雑草はますます生い茂ってきていました。雑草が生い茂っているせいでしょうか、折角畑に種をまいて作物を作っても、大きくなる前に害虫に葉をかじられて枯れてしまいます。トマト、ナス、大根は全滅でした。キュウリはかろうじて生き延びて食べることが出来ましたが、半分以上はカラスとムジナに食べられました。かぼちゃもカラスに突付かれています。じゃがいもももう2週間位と思っていると、数日で虫に葉を食べ尽くされ、ゴルフボール大のジャガイモしか採れませんでした。ほとんど被害がないのは、さつまいも・ニンニク・ささげ(豆)・ネギ・玉ネギ位です。
ところで、雑草が生えてくるのは種があるからで、雑草の種というのは10年位土の中で生き延びて芽を出してくるので、10年種を作らないように草取りをすると草が生えてこなくなるという事をNHKラジオの「夏休み子供相談室」で聞きました。(錆鉄人は車運転中はほとんどNHKラジオを聴いています)我が家の雑草はこの数年、大成長して種を撒き散らしている状況です。そこで、このまま草取りをしていてもしょうがないと悟ったのです。といっても除草剤を使うことは天女が承知しません。「私達のかわいい孫を安全な土の上で遊ばせたいから。」という理由です。父は昔除草剤をまいたのですが、天女が断固拒否をした(その時、天女は私が草取りをするからと言い放ったのですが・・・)ので、我が家はもう20年以上除草剤は撒いていない筈です。解決策は「草焼き」だと思いました。昔、ホームセンターのチラシで草焼きバーナーがあったことを思い出し、早速Webで調べました。天女も草を燃やすことは反対しません。
翌日、ホームセンターに見に行きました。ガスカートリッジを使う手軽なものから、灯油バーナーのタンク一体型・分離型と数種類ありました。違うホームセンターも調べようと購入は見送って、休みの日に違うホームセンターに見に行くと、違うメーカーの物があり、灯油の気化装置の部分がコイル式から一体型になっていて、どちらが良いか迷ってしまい、また買うのは見送りました。そうしていても雑草は日に日に生い茂ってきます。ガスカートリッジでは燃費が悪いと思い灯油バーナーにしようと思いましたが、効果の程もわからないのでとりあえず一番安いものを買いました。TB-7000という機種で税込みで10,290円でした。
早速、休日の使ってみました。数分余熱をした後、ゴーと音を立てて青白い炎が吹き出ます。雑草に炎を向けると、たちまち燃え出します。ただしハコベの種は10秒以上炎を向けていないと燃えません、ドクダミの葉もすぐに膨らんで枯らせる事が出来そうですが、茎の部分は10秒位噴射していても燃えないし、根が地下を縦横に走っているので、また生えてくるのは必定と思われます。さて、腰を下ろしての草取りは1時間も続けると嫌になりますが、草焼きは嫌に生りません。結局1日中焼いていて家の周囲だけはほとんど草を焼きました。草焼きをした後の地面は1本も草がなくきれいに地面が現われています。バーナーには肩紐があったのですが、取り付けずに手で持って草焼きをしていたので、背中が筋肉痛になってしまいました。
1週間後の次の休み、草焼きをした跡はほんの小さな芽が出ているだけで、黒々としてきれいです。すっかり草焼きの威力を確認出来たので、また草焼きを行いました。今度は肩紐を付けて筋肉痛を防ぎました。日中は家の日陰になっている所や木の下を行い、午後3時頃からは畑の作物がない部分を焼きました。黒々とした地面の部分が増えてくるのが楽しみです。焼いていると、バッタやコオロギなど虫が飛び出してきますが、炎にまかれて死ぬのもいます。葉の裏などにある虫の卵も燃えていますから、来年はきっと害虫も少なくなるに違いありません。こうして、また2日草焼きをしましたが、効率の悪さ(=火力の弱さ)を感じました。
そこで、またホームセンターに行き大容量のバーナーを調べました。金額も調べ、家に帰ってWebで通販の金額を調べましたが、通販だからといって安くありません。10日(金)の帰りにホームセンター(コメリ)で買いました。新富士バーナー 株式会社の草焼きバーナー GT500 20,685円でした。翌日さっそく使用しました。余熱は同じ要領ですが、やはり火力は段違いです。(19,000→50,000カロリー)父母が亡くなってから草刈はしても草取りはしたことがない庭の奥の部分も草焼きをしました。土日と大火力バーナーで草焼きをして、遂に我が家始まって以来と言って良い程、雑草がない状態になったのです。
遂に「天女は草取りおばあさん」から逃れることが出来たのでありました。愛情深い夫は「なんて良い夫でしょう」と成果を誇るのでありました。そのうち、バーナーの使い方を教えて「草焼きおばあさん」にはなってもらう必要がありますが・・・。
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第17話 天女の片付け(04.11.02)
天女は「新聞の広告ぐらい自分で片付けて」と錆鉄人に言います。時々は片付けますが、朝ご飯を食べながら新聞を見て広告はその付近にほったらかしておくので見苦しいのです。錆鉄人は計画したり実行する所までは得意なのですが、後始末は大の苦手なのでした。しかし、錆鉄人にも言い分はあります。仕事から帰って来て新聞の番組欄を見てテレビでも点けようと思うと、昨日の新聞はあっても今日の新聞がありません。「ちらかっていて気持ちが悪いから片付けたけど、今日のも片付けたかしら?」と言うので、新聞の置き場を捜すと積み重ねてあるのです。天女は別の世界に住んでいたので、今日が何日何曜日かという事を考える癖がないのかもしれません。
片付けが今回の主題なのであえて断言しますが、
片付けは天女の特技です。通販で買った時送られてくるダンボール箱から、その中に入っていた緩衝材まで、捨てずに小屋や蔵に片付けてあります。あまりにたくさんあるので、小学校の廃品回収の時につぶして出した所、娘に野菜等を送る適当な箱がなくなったと文句を言われました。
でも・・・積み上げた箱を取ろうとすると、箱がひっくり返って埋まるほどあるのです。これと同じような事例はたくさんあります。天女は他人から好かれているので、よく衣服をもらいます。我が家は姉が4人もいるので姉からももらいます。だんだんと貯まってくるので洋服ダンスを買いましたが、それもすぐに一杯です。今では、8畳間2つが天女の衣服に占拠されています。(と、これを言うと、お父さんも登山道具が同じくらいあると反撃されそうですが)天女は今まで衣服を捨てたことがないのではないかと思われます。(とはいえ、錆鉄人のものは案外と処分しているようで、昔高いお金を出して買ったけれど、もうこの歳では着れないかなと思うものは見当たらなくなっています。)そして、こんなにたくさんあるのに、普段は子供が小学生の頃にはいていたアップリケの付いたズボンをはいていたり・・・錆鉄人には理解出来ません。いずれにしても、このまま天女の衣類はさらにその数を増し、新しい部屋を占拠するに違いありません。
ここで錆鉄人は法則を考えだしました。
「収納スペースを増やすと、その分収納するものも増えて収納スペースが足りなくなる」(錆鉄人の収納の法則)何かマーフィーの法則みたいな内容なので、似たようなものがあるかもしれません。
でも、我が家はまだまだ大丈夫です。なにせ田舎の広い家に2人で住んでいて、蔵も小屋もまだまだ空きスペースがあります。さらに車庫の2階もスペースがありますから。(天女の衣類の入った段ボール箱に押しつぶされる夢を見る錆鉄人でした。)
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第18話 早起き競争(04.11.19)
秋も深まって朝ベッドから出るのが辛い季節となってきました。錆鉄人は無類の愛妻家なので出張以外は必ず天女と一緒に寝ています。一つには湯たんぽの役目を果たす意味もありますが。目覚まし時計が鳴ると、天女は素早くボタンを押して止めますが、起きません。「まだ起きんでいいの?」と聞いても「ウーン気持ちいい!」と言いながら起きません。そのうちに錆鉄人がガバッと布団を跳ね起こして「勝った!」と言って起きると、天女もしぶしぶ起き出します。時間はもう7時に近い低レベルの競争です。
主婦を250年もやってきたので、天女も要領が良くなったのでしょうか、トイレから出てきて新聞を読んでいると朝食の準備が出来上がってきます。子供が小さい頃は12時過ぎに寝ても6時前に(しかも困った事や心配事があると、夜中に写経をして家族を守ってくれていたのでした!)は起きて炊事洗濯をしていた天女なので(全てに丁寧なので余分に時間がかかったという面はあるかもしれませんが)、今は羽を休める時だと思っています。それでも錆鉄人が3時に起きて白山に行く時は、ちゃんとそれよりも早く起きて、温かい味噌汁とおにぎりを作ってくれる天女です。
もっと寝かせてあげたいけれど、これから雪の季節になるので、あと30分は早く起きる必要が出てくるでしょう。(読んでね!・・・天女へ)
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第19話 天女農園(04.11.30)
それは11月の後半、北陸にしては珍しい好天が続いていました。月曜日ではありましたが、地球人と仲良くなるために土日にも仕事をしている天女は、仕事が休みでした。
錆鉄人が会社で仕事をしていると、携帯が鳴りました。自宅から天女が電話してきたので緊急事態かとちょっと緊張しましたが、それは馬鹿馬鹿しい相談でした。曰く、錆鉄人が前日に玉ネギの苗を畝2列に移植していたのですが、その場所はいつもじゃがいもを植える場所であり(今年はその横の場所にもニンニクを3列植えていた)じゃがいもを作る面積が少なくなったという抗議の電話でした。しかし、畑の一部には草を生やしたままの部分もあり、去年まで畑の中に材木が置いてあった所を片付けて、新たに畝3列分位栽培可能面積を増やしていたので、まだまだ植える場所には事欠かないと思ったので、「そんなもの植える所はいっぱいあるやろ、もう切るよ。」と仕事時間中でもありすぐに電話を切ったのでした。その時、嫌な予感が胸をよぎったが、気にも留めずに仕事をしていた。
仕事を終えて、車に乗って会社から出た途端に胸騒ぎがしてきました。
帰るなり天女に
「まさか、玉ネギの苗を植えなおしたりしなかったやろな?」
と言うと、ニッコリ笑いながら
「植え替えていないわよ。」
と答えたので、安心したのも束の間、
謎の微笑の意味が解ったのでした。
「そのかわり、ニンニクを植え替えたわよ。」
と言うではありませんか。錆鉄人は瞬間的に頭に来て
「何でそんな馬鹿な事をするんだよ、頭に来た!」
と言いました。錆鉄人が待つことが大嫌いなのは短気であるからですが、それは無駄に時間を費やしているという所から来ているのです。天女のニンニク植え替えは正にこの無駄以外の何物でもなく、いやそれ以上にマイナスでしかなかったからです。
地中で芽を出し始めたニンニクにとってはかなりのダメージであったと思います。植え替えたからと言って、畑の面積が増えるわけではないので、なんの効果もないのです。(翌日から2日間出張したので、その後に植え替えた所を見ましたが、狭い所に密集してニンニクを植えたようであり、良いニンニクの収穫は見込めないと思いました。)錆鉄人がニンニクを植えた作業は、全くの無駄に消えたわけでもありました。そんな無駄なことをする位なら、草が生い茂っていて畑になっていなかった所の草の根を掘り起こせば良いのに・・・。何れにしても、「何の進歩もない作業をしたという事に気付かないこと」が一番頭に来たのでありました。
錆鉄人は天女と喧嘩をするといつも口を利かなくなるのですが、もう天女が何を言っても返事をしませんでした。天女もそこは心得ていて、伝言が紙に書いてあったのですが、それにも答えません。
一方的な冷戦状態が続いたのですが、翌日の出張は早朝の電車だったので天女は5時に起きて錆鉄人を起こし、朝ごはんを作ってくれました。自分の休みに何をしようと勝手だから、「あんなこと位でこんないい嫁さんに腹を立てていてはいけない」とは思いましたが、錆鉄人はまだ怒りが完全には収まっていなかったので、必要最低限の口しか利かずに家を出たのでした。
しかし、愛妻家の錆鉄人は、出張先からその日のうちに電話を掛けて、天女に「怒ってごめんね」と謝ったのでした。
このようにして、天女と錆鉄人の間に起こった波風は1日で終わったのでした。
ちなみに、天女家の喧嘩は錆鉄人が一方的に口を利かなくなって始まり、天女は何が原因なのか分からないうちに、寂しがり家の錆鉄人は口を利かないでいることに耐え切れず、大抵はその日のうちに一方的に仲直りしようと謝って、一人芝居が終わりになるという天女には理解出来ない不思議なパターンです。
これを機会に天女の畑作業の様子を紹介していこうと思います。(近日公開予定)
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第20話 ラジオ(04.12.13)
天女はこの世の出来事をもっと知らなければならないと気付いたようで、娘のお下がりの例のラジカセでNHKのニュースを聞き始めました。どうやら英語は完璧にマスターしたに違いありません。決してカセットの扱い方を忘れたためではありません。(マスターした英語は頭の隅にしまい込まれ、滅多に出てきませんが)
さて、錆鉄人は車で移動中は必ずNHK第一を聞いているのですが、登山で移動中に天女が言いました。「私もラジオを聴いているけど、うちは電波が悪いので東京の放送を聴いているのよ。福井の天気予報を言わないから不便だわ。」
登山から帰った翌日、仕事から帰ってくるとラジオが鳴っていました。時々消えそうになって電波が悪そうです。みると確かにおかしな所にチューニングされています。錆鉄人は早速、NHKの福井927KHZに合わせ、ちょっと本体の向きを変えました。谷間とはいえちゃんと聞こえます。新聞にも周波数が書いてあるのに・・・
とはいえ、ここでもやはり「僕と結婚してよかったね!」と威張る錆鉄人でありました。
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第21話 カレー事件(04.12.26)
錆鉄人は何を隠そうカレーが好物です。特に天女が作ったカレーなら文句がなく、毎日でも食べていると思われます。従って天女が仕事の土日の昼食は、ずっと前からいつもカレーです。ご飯にカレーを掛けて電子レンジで暖めて、食べながらテレビを見るのがいつもの土日のお昼でありました。
ある日、天女と一緒に夕ご飯を食べていると、フォンドボーだかジャワカレーだかのおいしそうなカレーのCMをしていました。すかさず、錆鉄人が「今度はあれを食べたい!」と言ったら、天女は「駄目!うちはバーモンドカレーなの!」と言い張ります。「バーモンドカレーは子供のカレーだよ。」と言っても、天女は「うちはバーモンドカレーなの。」と言い張ります。ちょっぴり未練に思いながらも、作るのは天女だからと諦めていました。
それがこの日、錆鉄人は休みでしたが、天女は仕事でした。昼にテレビを見ながらスナック菓子でも食べようかと思って、天女がお菓子を隠していそうな所を探し回りました。すると、
な、何と!スナック菓子は見当たらなかったのですが、山のようなバーモンドカレーが見つかりました。恐らく毎週食べても1年分はあるのではないかと思われる量でした。
帰って来た天女に言うと「安い時にまとめて買ったのよ。」と言いました。いくら安いといったって・・・と思いましたが、買ってしまったものはしかたがありません。このように、天女はまとめ買いが得意ですが、それを思い思いの場所にしまっておくので、忘れてしまって賞味期限切れとなることも多のです。カレーの賞味期限はないのでしょうか?心配です。
何はともあれ、錆鉄人は当分の間、バーモンドカレーを食べ続けることは間違いありません。
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第22話 天女の掃除(05.01.04)
初仕事から帰ってコタツの上でノートパソコンをしようと取り出しましたが、昨日までのご馳走のこぼれで汚れていました。晩御飯を持ってきた天女にすかさず「ここが汚れているで拭いて」と指をさしていうと、天女は甲斐甲斐しく台所へ行き、フキンを持って来てサッと一拭き、台所へ戻ってしまいました。しかし、良く見ると所どころに汚れが見えます。
「お母さん、まだ汚れているよ!」
と言うと戻ってきて、またまた一拭きして戻ろうとします。
「お母さん、こういう場合コタツ板全部を拭くのが普通でない?」
と言うと気付いた天女は大爆笑。つられて錆鉄人も大爆笑。
毎日1回は爆笑が出来る天女との生活です。
(錆鉄人は座っていただけなので文句は言えません!)
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第23話 天女のかまゆで事件(05.01.05)
クバが我が家に帰ってくると、必ず1回は話題になる「天女のかまゆで事件」をお話します。
もう3年も前になりますが、娘が初めて連れて来た留学生のクバをとても気に入った我々は、娘が帰ってくる時にはまた一緒に来てと頼み(この辺りの経緯は家族でチャレンジを参照願います)、娘の成人式の前日にも一緒に帰ってきました。クバの大ファンになった天女は、大張り切りでご馳走を作り、錆鉄人とクバはビールを飲んでいました。
その間に天女は甲斐甲斐しくお風呂にお湯を張り(この時はボイラーから入れたのでしたが)、クバに「お風呂が沸いているから入って」といったのでした。当然、お客様のクバに一番風呂をという優しい心遣いの天女でありました。
勧めに従って、クバはお風呂に入りました。
しばらくして出てきたクバの足(ズボンから出ていた部分)は
真っ赤になっていたので、錆鉄人が「クバ、お風呂熱くなかったの?」と聞くと「少し熱かったです。」
と答えました。寒い時期なので「冷めないうちに入って」と言う天女の言葉に従って風呂に入った錆鉄人は、いつも通り最初に頭を洗ってシャワーで流して風呂に入りました。
「アチィー!」
片足だけ突っ込んで良かったです。すぐに引き上げましたが、浸かった所は真っ赤ッカに・・・・ヒリヒリします。
慌てて水を入れましたが、なかなか良い湯加減にはなりませんでした。
お風呂から上がった錆鉄人は
お母さん、ちゃんと湯加減を見てよ!クバ、あんな熱いお風呂に良く入ったね!」
と言うと、天女は
「御免なさい、メグは言ってもいつもなかなか入らないので、冷めないように熱くしておいたの・・・」
とオロオロして言いました。
クバは
「大丈夫です、熱かったけれどちゃんと入れました。」
と遠慮気味に言うのでした。
本当にクバは心の優しい、そして気配りの出来る青年でした。
この正月にもこの話題を魚にビールを飲みましたが、クバはこの時でも
「日本ではこんなに熱いお風呂に入っているのだと思っていました。」
と気配りをしてくれました。
何れにしても、クバは天女に悪気がなかったことは分かってくれていたのでした。
そうでなければ、2人が結婚することはなかったですから。
(実は、クバはもうひとつ「寒冷地獄」を経験しているのですが、それは何れおりを見てアップします・・・)

しかし、これ以来、天女は風呂の湯加減をみなくなり、錆鉄人の仕事になりました。
なんか、うまく使われているような気もするのですが、
「お父さんは湯加減が上手ね」
と毎日言われて、気を良くしている錆鉄人です。
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第25話 パソコンGPS(05.01.16)
去年の春にIO-DETAのCFGPS2なるパソコンGPS機器を購入しました。
購入理由は、天女のナビが運転しながらちらっと地図を見る錆鉄人より現在地の確認が遅いからでも、「次の交差点をどちらかへ曲がる」と分からない事を指示したり、交差点を通り過ぎてから「今○○○と書いてあったよ」とか、「(室内灯では暗いから)地図の文字が読めない」とか言うからでは決してありません。純粋に天女を後席で寝かせてあげようという
愛妻精神からでありました。
定価は19,800円に外部アンテナ4,200円のものでした。購入直後にソフトをインストールしてノートPCに装着して動かしてみました。車を走らせると地図上に軌跡が表示され現在位置が確認出来ます。勿論この値段ですから、市販のカーナビ装置のように常に進行方向が上を向いたり、交差点の手前で音声で知らせてくれる機能などはありませんが、夜間県外を走っていると今何処を走っているのかさえ分からずに、とりあえず標識がある所までと考えて走り続けていることが多いので、現在地さえ分かれば充分使えると思いました。
そこで、ステップワゴンで使うためのパソコンの台を製作しました。コンパネや材木(我が家は田舎なので作業小屋にそういう材料が山のようにあるのです。)を切って組み立てたましたが、出来上がった時点で仕事にも使うノートPCを社内に放置しておく事の危険性(盗難とそれに伴う情報漏洩などと、高温や多湿にさらされる室内で故障する危険性)を危惧すると共に、15インチのノートでは大きすぎて邪魔になるので実際に使う事はありませんでした。
そうしてまた無駄な買物をしたと思いながらも半ば忘れていましたが、古いダイナブックSS(10.4インチ)が手に入ったので、再度インストールして使用してみました。バッテリーは全く容量がなくなっているので、去年の春に買ったDC-ACインバーター(350W出力のもの)を今回も使おうとしたら壊れていたので、10年以上前に買った大きくて重い130Wのものを使用しました)から100V電源を取りました。パソコンの能力が低いのでうまく動くか心配でしが、会社の帰りにちゃんと軌跡を表示しながら家まで帰れました。
そこで、天女を呼び「ほら、これ。ちゃんと家まで道路を表示したよ。」と言ってパソコンの画面を見せました。以前にも見せていたので、それがパソコンGPSであることは理解していて、「これで安心ね!」とうれしそうに言いました。夜中に知らない土地を走っていると標識や道路案内が不親切だったり、見落としたりしてパニックになる事がありますが、これで安心です。(重ねて言いますが、天女のナビ能力が悪いと言っているのではありません。この時間は天女のお休みの時間だからです。)
早速、ダイナブック用の台を作りました。ダッシュボードのラジオの前辺りに設置するようにしましたが、本体が小さいので設置したままでも邪魔にならず、前席から2列目シートへの移動も可能でした。(靴を脱いでシートの上に乗って移動するので大きさは余り関係ないのですが)
使用しない時も小さなPCバックにしまえて邪魔になりません。
これで次回からは、日中の移動時も天女は安心して寝ていられることでしょう。
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第26話 クバの寒冷地獄(05.01.17)
それはもう3年前の6月の話です。丹南ウォークにも一部紹介してありますが、メグが連れてきたボーイフレンドのクバをすっかり気に入った我々は、クバが日本にいる間に
日本で一番きれいな所へ連れて行ってあげようと言って、涸沢でテント泊する計画を立てました。
天気は2日とも晴れの予報だったので、安心して出発しました。平湯からタクシーで上高地に入って、途中大正池で運転手に写真を撮ってもらい、バスターミナルから歩きました。それなりのリサーチはしていたのでしたが、徳沢を越え?橋を渡る所から雪渓歩きになりました。不思議なことにクバもちゃんとしたトレッキングシューズを履いてきていたし、雪も適度に締まっていたので歩行には支障がありません。娘は「ハイキングって言ったじゃないの。」と文句を言っては、しょっちゅう立ち止まって休憩しますが、クバがすかさずサポートしてくれていました。
そして、涸沢に到着しました。
涸沢ヒュッテがかろうじて雪の中から姿を現していましたが、一面雪原でした。キャンプの申込をして雪原の一角にテントを張りました。買ってから初めてテントを張りましたが、クバも手伝ってくれたので案外スムーズに立てることが出来ました。張り綱は落石を集めてそれにくくり付けました。
そして夕方になったら、急に雲行きが怪しくなって激しい風雨となり、急激に温度が下がりました。メグは一番いいシュラフにダウンパーカーを着てヌクヌクでしたが、クバはテントの一番奥で縮こまっていたので、「クバ、寒くない?」と聞くと「大丈夫です」と答えましたが、どうみても寒そうでした。何故ならば、クバは背が高すぎてシュラフから肩が出ていたのでした。バックにタイツが入っていたのでクバに履かないかと聞きましたが、メグが「お父さんのタイツなら膝までしかないわよ」というので履かなかったのでした。雨具はLLサイズだったのでクバに着せたらこれはまあまあだったのですが、それでも寒かったようで、余り寝られなかったようでした。
こうして、クバは天女の住み家に来て
「釜茹で」「寒冷地獄」を体験させられたのでした。それでも少しも不平を言わずに、逆に気遣ってくれるクバは本当に良い青年だと思いました。

そういう自分も、激しい風にテントが煽られ続けるので、夜中じゅうほぼ1時間置きに外に出て張り綱を調整し、さらに石を集めてフライが浮き上がらないように対策をしていたのでほとんど寝ませんでした。
この
嵐の一夜の体験が、クバと我々家族をさらに近づけてくれたのかもしれません。朝方になったら風はやみ、天気もみるみるうちに快晴になって、山々がモルゲンロートで金色に輝きました。それはクバとメグの将来を祝福してくれていたのかもしれないと今になって思います。
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第27話 天女のお見送り(05.01.28)
以前にも書いたかもしれませんが、天女は錆鉄人が出勤する時いつも玄関の外まで出て、車が玄関前の橋を通ってお宮さんと一直線になった時に手を合わせて祈ってくれます。(家の橋の向こうに鳥居があって、一直線の参道の先に白山神社があります。)これは近所の人にも目撃されていて、「何てえらい嫁さんやの!」とよく言われるので「その分大事にしてるもん。」と答えています。
さて、本日も天女の祈ってくれている姿をバックミラーで見て、感謝しながら直角にハンドルを切って、サイドウィンドウ越しに見える天女を見送って車を進ませ(ここまでは直角に曲がるので超低速だったので後に車が来ていないかと)バックミラーに目をやると、モジャモジャの頭が映っています。「しまった!整髪するのを忘れていた!」と慌ててUターンして玄関に車を止め、家に駆け込みました。
どうしたのかと驚く天女に「頭がモジャモジャやったの見て気が付かなかったの?」と言ったら、「気が付いたけど、今日はそんな頭で行くんかと思ってた。」と答えます。「そんな訳ないやろ、もう、やっぱり天女やな!」と言うと、天女は自分でもそう思ったのか
大笑いしています。
きっとこれまでの事も思い出して笑いが止まらなかったのだと思います。相変わらず天真爛漫な天女ぶりでありました。
ネクタイを忘れていて取りに戻った事や、上着を着るのを忘れて車を走らせ数キロ走ってから戻った事など前例を挙げればきりがありません。そのたびに錆鉄人は「もうボケが始まっているんやで、ちゃんと見てね。」と言っているのに、天女はちっとも注意してくれません。これは、ボケないよう自分で注意しなさいという天女の温かい心遣いだと感謝しなくては・・・(ト
・・・)
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第28話 風邪(05.02.16)
13日から錆鉄人は風邪をひいてしまいました。今までは風邪になっても仕事に出ているうちに治ってしまったのですが、今回は扁桃腺が痛くて唾を飲み込むのもやっとの有様の上、痰がからんで息が出来なくなるという症状で、14日は午後休み、15日は大事な商談の為、午後から出社、16日は1日休みました。
風邪で仕事を休んだのはいつからだろうかと考えて思い出しました。それは二十数年前、子供がまだ1人だった時です。(子供が2人になってからはその奥の8畳間に移ったので間違いありません)風邪で39度あったけれど仕事に行き、お昼に40度になったのでさすがに会社を早退して帰り、翌日は朝からベッドで寝込んでいました。夜、妻が帰って来てドアを開けるなり、「お父さん大丈夫?」「バタン(ドアの閉まる音)」返事も聞かず熱を見るでもなく下に行ってしまいました。この時はすぐに声も出ないような状況で、水枕に氷を入れてくれるように言おうと唾を飲み込んでいるうちに、天女が階段を下りて行く音が聞こえました。この時の絶望感といったらありませんでした。
階段を落っこちないようにヨロヨロと尻をつけながら下りましたが、天女の愛情を疑った瞬間でした。もっとも天女は覚えていないようで、話しても笑うだけです。(子供の世話と晩御飯の準備に気を取られていたのだと思いますが・・・)
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第29話 赤ちゃん布団(05.02.17)
「寒い!寒いよー!」叫んでいる自分の声で目が覚めました。
瞬間、事態が把握出来ませんでした。薄暗い灯りの中で辺りを見回して、自分が玄関を上がった所の板の間に寝ていることに気がつきました。そういえば、会社の送別会か何かで飲んで、天女に迎えに来てもらったんだっけ・・・。それにしても寒いと思ったら、着せられていたのは首の所が半円形に抉られたチッチャな赤ちゃん布団ではありませんか!
すっかり酔いも覚めた錆鉄人は、バツの悪さにそろりそろりと2階へ上がりましたが、天女は疲れてぐっすりと寝込んでいました。これも二十年程前のことだったと思いますが、思い出して天女に文句を言うと大笑いするばかりです。(錆鉄人は布団を掛けて頂いたというだけでも有難く思っております。ハイ!)
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第30話 天女の憂鬱(05.03.10)
天女は最近憂鬱でした。健康診断でコルステロールが高かったので、役場が主催している高コレステロール者のセミナーに参加したのです。実は錆鉄人のほうがもっと高いのに対して、天女は善玉コルステロールの値がとても高くて総コルステロールが高いだけなので、錆鉄人は「そんなのも気にすることはないよ」と言ったのですが、天女も錆鉄人と同じ性格なので「役場がタダでしてくれるのだし、自分は平日休みなのでセミナーに休みを合わせて聞いてみよう。」という気持ちだったのだと思います。
セミナーは月1回程のペースであるのですが、登山に行くと言っては休日を希望に合わせてもらう上に、さらにセミナーに合わせて休みをもらうように頼んでいたのですが、娘が帰ってくるからというので再度休日の休みを変更してもらいました。でもその後、娘の都合で戻ってくる日が1日遅くなったのですが、「今さらもう一度変更してとは言えないわ。」としょげていたのでありました。

それはセミナーが単なるお話だけではなく、カウンセリングがあったとかで、カウンセラーからストレスによってコルステロールが高くなる場合もあると誘導されて、休みに関する悩みなどを話した所、逆にそれがトラウマとなってさらに大きな負担になってしまっていたのでした。ある雑誌に載っていた記事を読んで、「私ってうつ病になる典型的なタイプなのね。」とますます落ち込んで行くのでした。錆鉄人は「こんないいダンナがいて幸せなのに何でうつ病になるの!」と言いましたが落ち込んだままでした。
それが数日前のことです。仕事から帰ってくると、いきなり「私来年50になると思ったら、急にこうしてはいられないと思ったの。英語も出来るようになりたいし、マラソンもしたいし、タンスの中に仕舞っておいた服も着ないともったいないと思うようになったの。」と言うではありませんか。これも錆鉄人の2年前の思いと全く同じです。錆鉄人も「好きなことが出来るのは後20年だ」と思って、好きなことをするための資金はどうかとまず最初に考えて、Webページで検索して年金額の試算を行い、少しは蓄えも出来るだろうから、田舎で田圃と畑をしながら「ある程度は海外旅行とかをすることが出来ると思うよ。」と天女には話していたのでありましたが、夫婦ってのは本当に似てくるのでしょうか。
さて、他のページを見ても分かるように、天女は超節約型であったので、錆鉄人もその変わりようにビックリしたのでありました。その翌日、セミナーがあってカウンセリングがあったのですが、「前と違って弾けたみたいに明るくなった。顔まで白くなった。」と言われたと報告してきました。錆鉄人は良かったと思いますが、ソウとウツの振幅がちょっと心配ではあります。錆鉄人は天女が毎日1回は大声で笑えるように努めています。
ところで、あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃと宣言した天女は、気が付くとコタツに潜り込んでスヤスヤ眠り込んでいるではありませんか。今まで寝る時間を削って家族の為に頑張ってくれて、夜中に写経をしたりして寝られなかった分を取り戻すといいよと思って、そっと毛布をかけてやる優しい錆鉄人でありました。
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第31話 スペアの歯ブラシ(05.03.11)
ポーランドのクバ家を訪問して、クバ家では電動歯ブラシを使用しているのを見て、我が家は遅れているのではないか?と漠然とした焦りを感じた錆鉄人は、すぐに電動歯ブラシを買うことを天女提案したことがありましたが、天女の国には電動歯ブラシなどなかったせいか、はたまたしまり屋の天女は「手動で歯が磨けるのに、わざわざ高い電動歯ブラシを使う必要などない」というガンコな考えからか、すぐに却下されたのでありました。(その後、いつだったか忘れましたが、歯ブラシの毛先がくたびれてきたので天女に新しい歯ブラシをちょうだいと言ったら、何と!何十本も出してくるではありませんか!。歯ブラシに限らず
天女は買いだめが趣味のようです。という事で、これを使いきらないうちは勿体ないと思ったのかもしれません。)そういう訳で、我が家は相変わらず手動で歯を磨いていたのでした。
しかるにe-プライスで何かを注文した際に、電動歯ブラシがたったの298円であることを知った錆鉄人は、余りの安さに感激して、如何に電動歯ブラシのほうが歯磨きに良いかを長時間にわたって天女に説明し、遂に説得したのでありました。という事で目出度くe-プライスで電動歯ブラシを買ったのは去年の秋頃だったと思いますが、如何に安いといっても、送料を払っていては安いことにはなりません。歯ブラシのスペアを売っていなくなったらどうしようという天女の不安を消すためにも、ここは大量にスペアのブラシを買って送料が無料になる3,150円以上にするしかありません。スペアの歯ブラシは6本セットでたったの198円(税込み207円)ですから、1本が1ヶ月として2年分8セット(48本1,663円)を注文することにして、天女の不安を解消する愛妻家の錆鉄人でした。でも、まだ3,150円にならない分は、何か小物を買ったと思いますが、何を買ったかは忘れてしまいました。
そうして、遂に我が家も文明の利器「電動歯ブラシ」生活になったのでありました。錆鉄人は電動歯ブラシの振動は歯ぐきに心地よく感じ、今までよりも長く歯磨きをするようになりましたが、天女は(天女なので)電動ハブラシの使い方が分からず、最初のうちは歯ブラシの柄の部分を歯にガチガチ当てていたので歯がグラグラになるのではないかと恐れていたようでしたが、いつしか電動歯ブラシにも慣れたのでありました。
買った時に付いていた電池は2ヶ月近く持ち、次ぎは充電式の電池に取替え、本体と一緒についていたスペアの歯ブラシにも2ヶ月程で交換しました。錆鉄人の感覚としては、歯を磨いた時に歯ぐきから血が出るようなシャンとした歯ブラシのほうが歯ぐきにも刺激があって良いと思うのですが、しまり屋の天女の影響でまだ捨てるのは勿体ないという気持ちもあり、結構くたびれるまで使ったのでした。それでは刺激がないので歯槽膿漏防止の為に、時々は手動の歯ブラシでも思いっきり磨いたりもしていました。
さて1週間ほど前のことです。スペアの歯ブラシも結構くたびれてきたので、天女に「スペアで買ってあるブラシを出してよ」と言ったら、(ひところの鬱状態から吹っ切れてはじけている天女は)「私は見たこともありません。それはお父さんでしょう。」というので、「いや、お母さんが片付けた。」と言うと、「なんでも私のせいにして!絶対私ではありません。そんなことを言うともう一緒に寝てあげません!」と言うではありませんか。毎晩ベッドに入ってくると「寒い、寒い」と言って夫にくっついて「ああシアワセ!」と言って先に眠り込むのは天女のほうなんですが・・・。でも寂しがり屋の錆鉄人は1人でベッドに寝る気はしないので、もうそれ以上言い争うことはやめました。
でも「あれは絶対に天女が片付けた」のを確信しているのですが・・・。お互い物忘れが激しくなってきたので、今となっては真相は闇の中です。(我が家ではほとんどの場合、錆鉄人は計画して実行するところまではしますが、後片付けは天女の仕事になっているのです。)
そういうわけで、文化的な我が家の電動歯ブラシ生活はまもなく終わりをつげようとしています。でも、天女も錆鉄人も何時の日かブラシがひょっこり現われるのを待って捨てることはしないでしょう。
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第32話 天女ナビ
我が家の誇る超高性能の天女ナビは、道案内するばかりではなく、お茶を入れてくれたりチョコレートの包み紙を取ったりまでしてくれますが、余りにも多機能化しすぎたせいでしょうか。夜はスリープ機能が最優先される上に、ウエィクアップしても地図の文字認識機能が低下していて実用にならず、昼はマルチタスクの為か現在地がわからなくなってフリーズしてしまう事が多いのですが、錆鉄人はなだめすかしながら何とかドライブしていました。
ところが3月初め新車を購入する事になり、今回も寝心地優先でステップワゴンを買う事にしたのですが、オプション10万円プレゼントという何ともそそられるキャンペーンをしていて、それも錆鉄人の正常な判断力を奪い去る「期間限定」というフレーズ付きであり、さらに十数万円支払が多くなるという事よりも10万円得するという餌に食い付いて、カーナビを付ける事にしたのでした。カーナビを付けたのは、リヤカメラセットというさらに便利でお得なものがあり、運転の下手な錆鉄人は、このリヤカメラによって「バックが楽になる(安心に出来る)」という所にも大いに触手をそそられ、天女ナビと比べれば単機能ですがカーナビを付ける事になりました。
という事でカーナビを付けましたが、運転中に通行止めなどがあった場合は別のルートを捜さなければなりませんが、待つ事や止まっている事の嫌いな錆鉄人なので、天女に「カーナビの操作を覚えなあかんよ。」と告げたのでした。すると天女は、「そんな事出来る訳がないでしょう。未だにビデオも録画出来ないのに!」と自慢げに言います。そして、「カーナビが付いたからもう天女ナビはいらないと思って、ノビノビ出来ると思っていたのよ。」と言います。錆鉄人も無理かも?とは思っていましたが、天女がノビノビ出来るのならしかたがないと思い、カーナビを
「天女ノビ」と名づけることにしました。
さて新車になった翌週、早くも関東大遠征をしたのですが、天女想いの錆鉄人は天女の好きな谷村新司のCDを買ってきていたのでした。高速を走りながらおもむろにフタを開けてCDを取り出し、「開けて」と言いました。新品なのでビニールがかかっていましたが、天女は封を切ることが出来ず、しかたなく錆鉄人は両手を離して封を切り天女に渡しました。今度は「どうやってフタを開けるの?」と悪戦苦闘しています。再び錆鉄人は両手を離してフタを開けてやりました。その後もCDの取り出し方、持ち方を説明し、カーナビのディスプレイをイジェクトさせてCDを入れる場所を教え、さらにCDの入れ方を教えました。この間5kmほどは前方不注意で走っていたのではないかと思いますが、無事谷村新司の歌が始まりました。メデタシメデタシ。
往復20時間以上走っている間に数回CDを交換したので、CDの操作は完璧?のはずです。(覚えていてね!と祈る錆鉄人でありました。)

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第33話 未出資金
例によってこたつでパソコンをいじりながら晩御飯を食べていると、天女が何かを見て叫びました。
「まあ、大変!。農協にこんなにお金を払っていなかったなんて。」
といいます。
「エー?何、それ?」と聞くと、
「平成16年度みしゅっしきん○○万円、平成15年度みしゅっしきん□□万円」
と言います。未出資金って何だろうと思って、そのはがきを見せてもらうと
<平成16年度
出資金>ではなく<平成16年度出資金>でした。天女は笑って誤魔化そうとしたのでつられて笑いましたが、相変わらずそそっかしい天女です。錆鉄人がいなければ明日にでもお金を払いに行ったに違いありません。すかさず「僕と結婚していて良かったね!」と言う錆鉄人でした。
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第34話 ○○が真っ青
「お父さん、今変な事を言ったわよ!」
どうやら錆鉄人は脳軟化症が始まったようで、時々思っている事とは違う事を口走るらしいのです。その度に錆鉄人は「もう、もうろくしているんやで優しくしてね!」と言いますが、「駄目、私はお父さんに頼りっきりなんですからね。しっかりしてね。」と言われていたのでありました。
ある日、天女と一緒に登山をしていました。抜けるような快晴で気持ちよく登山をしていましたが、天女が突然、
「お父さん、<山>が真っ青!」と言うなり自分から爆笑しました。錆鉄人も日頃の鬱憤を晴らすべく指摘したかったのでしたが、その前に天女の爆笑につられて爆笑していました。天女も既に490歳なので少ずつ老化しつつあるようです。ひとしきり笑った後「お互いに気をつけようね」と言いました。
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第35話 お歳暮のお礼
11月12日、久しぶりに帰ってきた二女と一緒にすき焼きを食べた後、錆鉄人は至仏山に出かけました。片道6時間を走って、さらに通行止めの道路を10.8km自転車を押して鳩待峠まで行って、至仏山に登って帰ってきました。
登山の後片付けをして、天女と一緒に夕食を食べていると、「昨日、Sさんからお歳暮を頂いたのでお礼の電話をしておいたから」と言われ「有難う」と答えました。錆鉄人の留守に受け取ったので、お礼が遅れてはいけないという天女の心遣いでした。寝る前に、明日にでも自分からも御礼を言わなければならないと思い、何をもらったか聞くと、新巻鮭やいくらなどでした。いつもSさんから頂いているものとは違うので、「本当にSさんからだった?」と聞くと、天女も不安になったようです。「私は見ていないけど、ユミちゃんに包装を解いて冷蔵庫にしまってもらった後、誰からだった?って聞いたらSさんと言ったよ。」と言いながら、送り状を確認しようと探しましたが、ありません。そこにあった包装紙の切れ端を指して、「これがその包装紙だった。」と言うので、ごみ袋の中を探してみましたがありません。
不安になった天女は、ユミちゃんに電話して聞きましたが、ユミちゃんは「お母さんがSさんからのお歳暮を冷蔵庫に仕舞って、と言ったからSさんと答えただけで、確認していない。」との返事でした。錆鉄人は「冷蔵するものだから、紙ではなくてビニールではないの?」と言って不燃物のゴミ袋を探したら、そこにありました。(包装紙とぜんぜん違うではありませんか!)
案の定、SさんではなくNさんからでした。「電話でSさんは何て言ってたの?」と聞きましたが、「御礼だけ言って切ってしまったから・・・」と言った後、「わあ〜!お父さん御免なさい。どうしよう?私もう寝られない!」と今にも泣き出しそうな顔をしています。もう夜も遅いので電話を掛けてお詫びする時間ではありません。錆鉄人は「明日お詫びのメールをしておくから、心配いらないよ。」と言ってベッドに入るように言いました。安心したのか、天女はぐっすり寝たようでした。
翌日メールでお詫びしましたが、Sさんからはご自身も勘違いして返事していたと、天女のミスを庇って頂きました。天女が安心するようにメールを転送しました。勿論Nさんにも御礼のメールをしました。
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第36話 天女 電車に乗る(その1 説明編)
長女の出産が間近に迫ってきた11月。仕事の関係で長い休みを貰うことが不可能な天女は、長女が産院から退院する前の日に横浜へ行って1週間程ほど世話をして、その後は次女のユミちゃんに世話をしてもらうことにして、さまざまな準備をしていました。
そして心配になってきたのです。何せ天女ですから!(自覚があるだけ素晴らしい!)天女はもう20年以上も、自分ひとりで電車に乗ったことがなかった事に気付いたのでした。「私、一人で電車に乗って横浜に行けない。」と錆鉄人に訴えます。
「ホノルルマラソンやサロマ湖100kmウルトラマラソンの時、新幹線にに乗って行ったじゃない?」と言いましたが、「お父さんの後に付いていっただけだもの。」と威張って言います。どうやら結婚してすぐの頃、学生時代の親友の結婚式に行ったのが最後の一人旅だったのでした。
「どうやって戸塚まで行くのか教えて。そして駅から家までの地図を印刷して。」と錆鉄人に頼むのでした。
そこは愛妻家の錆鉄人。武生駅から戸塚駅までの電車乗り継ぎの手順を打ち込んで印刷し、さらに戸塚駅から2人の家までの地図、駅から産院までの地図を印刷して、
恩着せがましく天女に渡しました。勿論、合言葉は「なんてやさしいダンナでしょう!」でしたが、天女は安心したように微笑みました。
その時、「壮年会の集会日だから来てください。」という電話がありました。時刻は午後7時45分頃だったので、8時までには説明が終わって集会に行けると思い(歩いて数分ですから)、天女に乗り継ぎの手順を説明する事にしました。天女は錆鉄人にくっつく位近くに座って、説明を
「真剣」に聞きます。「何線に乗って何処まで行き、何々線に乗り換え何処そこまで行く・・・」と一気に説明したのですが、「そんな一遍には覚えられない。」と言って、まずは武生駅で切符を買う所から説明が求められます。
米原での新幹線乗り継ぎは、電車が着いたホームから新幹線乗り継ぎのホームまでの絵を書いて説明しました。次は新横浜駅でのJR乗換え、「横浜線乗換」って書いてあったかもしれないと錆鉄人の記憶もあやふやですが、どちらでも普通はいいのですが、
正しく覚えないといけないというのが天女流です。さらに横浜駅での乗換は、東海道線でも横須賀線でも(本当は新宿湘南ラインもありますが)どちらでも良いから熱海方面行きの電車に乗るように説明しましたが、やはり天女は旧式のコンピューターなのでメモリーへの書き込み速度が遅く、途中からの説明はクリアされていました。(なにせ、すべて暗記しないといけないと思っているのですから)
「うん!分からない!」と言う天女に、錆鉄人は
優しく最初から説明を繰り返しました。(ここでアドリブを挟むと、天女のメモリーアドレスが衝突するので厳禁です。)最後まで説明した後、新幹線と横浜線と東海道線(もう横須賀線は削除することにしました。)を線で描いて各駅を記入してやると、「これのほうが分かりやすい。」と述べたもう天女でありました。
そして、「戸塚駅では階段を登っても下りてもいいから改札を出たら西口に行く、西口は進行方向の右側でタクシー乗り場がここらにあるから、地図を見せるか住所を告げてタクシーで行って。」と言いましたが、一生懸命にメモリーに書き込み中の天女は「ビジー状態」で見逃していたようで、「えっ?タクシー乗り場は何処?」と聞くので、遂に錆鉄人は駅のすぐ横に自動車の絵を書き込んだのでした。すると、天女もさすがに小学生に説明しているように感じたのか
大爆笑しました。つられて錆鉄人も大爆笑して、夫婦仲良く涙が出るまで笑っていました。本当に楽しい毎日であります。さらに錆鉄人は調子に乗って「試験」までしたのですが、素直に答える天女でありました。(合格まではいま一歩でした。)
という事で、説明が終わったのは8時半を過ぎていましたが、それから集会に行った錆鉄人でありました。(集会といっても雑談をするだけなので、遅れても特に迷惑を掛ける訳ではありません。)
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第37話 天女 電車に乗る(その2 実習編)
話は続きます。その夜(18日金曜日)、クバから「メグが破水したので産院に入院した。」との連絡が入りました。天女が職場の人にその旨連絡すると「明日の昼にでも仕事を終わって行けばいい。」と言って下さいました。(この日に備えて、今までに何日も休みの日でも仕事に行っていた天女でした。)
という事で、土曜日は朝早く起きて持っていくものを車に詰め込み(米や野菜・ジュースや調味料から、クバの両親が来られたときに使うための布団・毛布まで)ご飯を食べた後天女を職場まで送って行って、庭木の雪吊りをしながら天女からの電話を待っていました。昼前に「お昼で終わって行かせて貰うから迎えに来て。」との電話に、お昼ご飯を大急ぎで食べて天女を迎えに行きました。
途中渋滞もあって戸塚に着いたのは午後7時頃でしたが、先ずは産院へ直行。メグは陣痛もなくあっけらかんとしていて、名前を何にしようかと楽しい相談をして家に戻りました。
翌日は月曜日、我々は仕事を休んで来ていたので「クバが帰ってくるまでいるから。」と伝え、クバは安心して仕事に行きました。クバは赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしていて「出産に立ち会う。」と言って、産気付いて来たら仕事を休むために準備をしていました。錆鉄人はパソコンをつないでメールのチェックやニュースを閲覧していましたが、天女は台所の掃除や片付け、洗濯などをテキパキとしていました。ものすごい張り切り様でした。
天女の一通りの作業が終わったので、歩いて駅まで行って、一人でも歩いて来れるように
実習に行きました。天女は錆鉄人が印刷した地図を持って、曲がり角毎に地図との比較をしながらハードディスクに書き込みしていました。(もうメモリーは一杯なので、アクセス速度は落ちますがハードディスクに書き込みです。)途中の西友を見て、「ここで買い物すればいいね。」と喜んでいます。
という事で2倍の時間を掛けて駅に到着。改札は階段を上がっても下りてもどちらにもありますが、アドレスが衝突しないように階段を下りる設定にしました。「ここを出たら左に行くと西口だからね。」と言って元来た階段を登りながら「帰りの切符は緑の窓口で指定を取るんだよ。」と言うと、「えっ!何処にあるの?」と言うので、もう一度階段を下りて改札の横の緑の窓口を確認して、階段を上がりました。駅から産院までは歩いて500mほどなので引き続き以降とすると、「タクシー乗り場は何処?」と聞きます。駅に来るとき目の前にあったのですが、なにせ駅までの道順を覚える事にビジーだった天女の目には入らなかったようでした。そこは優しい錆鉄人、振り返るだけで見られるタクシー乗り場を教えました。
すると、「トイレに行きたくなった。駅にある?」と言うので、あるだろうと思ってまたまた地下に下りましたが見当たりません。通路を通って「マルイ」に行くとトイレの表示が通路の上にあったので「あったよ。」と言ってその表示の所まで行くと、天女はうろうろしています。「ここ」と言ってその表示を教えて、天女はやっとトイレに行きました。
出てくる頃を見計らって、錆鉄人はいたずら心を出して隠れて見ていると、天女は不安そうにキョロキョロと探しています。優しい錆鉄人はすぐに姿を現して「そこの店を見ていたから」とか何とか言い訳をしました。
という事で、やっと産院へ行けるようになりました。駅前から直接行けますが、家から直接歩いて行けるように1号線の西友のそばの交差点まで行って歩き出しました。曲がり角の信号をメモリーさせて、そこを下った所の最初の辻を右に曲がった所にありました。(錆鉄人も昨日はクバに車に乗せてきてもらっていたので知らなかったのですが、地図から見当を付けていたらその通りにありました。)
こうしてメグを見舞って、また歩いて帰り、途中で西友で
買い物実習もして家に帰りました。もうこれで天女も迷子になることはないはずです。
クバが帰ってくるまでいると言っていたのですが、渋滞がひどいからその前に帰ったほうがいいというメグの意見を取り入れて、3時過ぎに今度は車で産院に行き見舞った後で帰ることにしました。するとメグは10分置き位におなかが痛くなっている状況でした。(毎回メグはメモ帳に時間を記録していました。)でも、朝の診察ではだいぶ下がってきたけどまだじゃないかという診察だったので、陣痛かどうかも分からない、収まってしまうかもしれないと思った我々は「しっかり頑張って。」と言って4時頃に産院を出ました。
天女はメグを見舞えた上に、掃除や洗濯は出来たし、道順に関しても覚えたので大満足でした。4時頃でも長五街道は大混雑で、高速に乗ってからもしばらくは渋滞が続き、静岡辺りまでは車間距離も狭い大混雑でした。浜名湖SAでうなぎ丼を食べたときにクバに早く帰った事を謝ってメグの様子を聞くと「陣痛が5分置き位になっていて明け方頃に生まれるのではないかという話」との事でした。走り出しても天女は起きていようと頑張っていたのですが、時々目が塞がりそうな様子を見た錆鉄人は、優しく「寝ていればいいよ。」と言って天女を寝かせました。大満足して安心した天女は家に着くまでぐっすり寝ていました。
家についてすぐに天女に電話をさせましたが、つながりませんでした。それと入れ違うようにクバから電話があり、いきなり元気な赤ちゃんの鳴き声が飛び込んできました。450kmも離れていても生まれた瞬間の声を聞ける良い時代になりました。(何故かこの産院は携帯の使用が自由なのでした。)メグの声も聞こえてきて、2人は「良かった!良かった!」と大喜びして、「これで安心して寝れるね。」と言ってぐっすり寝たのでした。
しかし、翌朝の電話で我々は不安のどん底に陥ったのでした。なんと夜中にメグが大量出血して(クバの話では1.5リットルも・・・それだと生きていられないよと錆鉄人は言ったのですが・・・)救急車で別の病院に運ばれ、クバが徹夜でついていたというのです。クバが「もう駄目かもしれないと思った。」という程だったのに、我々は安心して寝ていたのでありました。今にも駆けつけたい所でしたが、天女は同僚の人が3日間旅行に出かけてしまっているので休むわけにはいかないのです。さっそく観音様や我が家のお地蔵様(10年近く前、もう半年の命といわれた父の病気が治るのと引き替えに、お地蔵様の首がもげていた
我が家の身代わり地蔵さまです)にお参りに行き、写経をする天女でした。
奇跡的に命を取り留めたメグは、びっくりするような速さで回復し、24日には産院からその大学病院へ赤ちゃんが移されてきて一緒になる事が出来ました。それで安心した我々でしたが、天女は退院後に出来だけ長い間戸塚に行っていたいからと言って、本来は休みであった25日と26日も仕事に行くと言っていたのでした。しかし愛妻家の錆鉄人が「生死をさまよった娘に会いに行っておいで。」と言ったので俄然その気になって、やはり26日は休ませてもらうことにして、25日仕事が終わると電車に乗って一人で戸塚に向かったのでした。
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第38話 天女 電車に乗る(その3 ドタバタ編)
という事で、午後10時頃には戸塚の家に着いて電話があると思っていたのですが、なかなか掛かってきません。ようやく10時半ごろに「無事着いたから」との電話があって、やっと安心してビールを飲んで寝たのでした。
26日夕方「これからクバさんに新横浜駅まで送ってもらって帰ります。」と連絡が入ったので、横浜での乗り換えが不要な分、安心かと思いながらも、武生まで帰ってくるまで心配していた錆鉄人でありました。そして電車が着く予定時間を大幅に超えた頃、遂に「無事に武生駅に着いて、実家のSさんに迎えに来てもらって帰るから。」という電話があったので、錆鉄人の心配は去ったのでありました。
さて、帰ってきたらメグと子供の話をきくのが先で、電車の事は忘れていましたが、「電車ちゃんと乗れたの?」と聞くとなんと
「自動改札を通る毎に遮断されたわ。」と言うではありませんか。米原では切符が揃っていなかったからではないかと言っていました。新横浜で乗り換えの時も遮断されましたが、理由は分からないと言っていました。戸塚で出るときは「料金不足かも知れないから、駅員のいる所へ行って差額を払うように。」と言っていたので、ここでは指示通りに出たとの事でした。(東京往復割引切符で行ったので横浜までならそのまま出られる筈ですが、横浜−戸塚の料金以上を取られたのは?です)
帰りは新横浜で新幹線に入る時にやはり遮断され、切符が折れ曲がっていたからだと思ったようでした。そして最後に米原で遮断された時に駅員さんから「これは切符ではありませんから」と言われたので、「やっと分かった」との事ですが、武生駅で切符を買うときにカードで支払ったそのカードの領収書をくれたのですが、それを毎回切符と一緒に入れていたのでした。それでは毎回遮断される筈です(錆鉄人は入れたことがないので分かりませんが・・・)JRの皆様、大変お騒がせ致しまして済みませんでした。なにせ、天女なものですから笑って済ませて下さい。
という事で、横浜へ行って帰ってくるだけでも、これだけのエピソードを作ってくれる天女は、本当に愛すべき存在なのでありました。
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第39話 水のお湯割り
錆鉄人は晩酌はしませんが、時々ビールを箱で買うと、ビールがある間は毎日のように飲みます。特に今年は登山時の車中泊や登頂時のためにビールを買っていたので、結果的にほぼ毎日のように飲んでいた事になりました。
夫思いの天女は「お父さん、毎日ビールは良くないわよ。」と言って何度かスーパーから焼酎を買ってきました。それも3Lのペットボトルに入ったやつです。(飲んだ後のペットボトルは娘の所へ持って行く近所の名水入れになります。)という事で、夏はオンザロックで、寒くなってからは梅干を入れてお湯割りにして飲んでいましたが、それを飲み終えた時に、錆鉄人は「やはり鍋物にはビールがいい」と言って1箱買って来ました。ところが先日の人間ドックで尿酸値が高く、このままでは痛風になる可能性が高いと診断された事を報告すると、「お父さん、ビールはもう禁止よ!」と言って「飲みたいなら焼酎にしなさい」と言って出してきました。
天女は「直射日光が当たると良くないから」と言ってわざわざボトルに紙を巻いてくれているのですが、傾けてみると半分程入っているのが分かりました。天女はかいがいしくお湯を沸かしてくれました。その間に錆鉄人は梅干をグラスに入れてお湯が沸くのを待ち、天女がポットに入れて持ってきてくれた所で焼酎をグラスに入れ、それからお湯を注ぎ(錆鉄人はアルコールに強い訳ではないので、焼酎の量は少なくて2:8か3:7程度で飲んでいます。)梅干をつぶして飲みました。前述のように錆鉄人はアルコールに強いほうではないのでいろいろなものを食べながら飲みます。1杯目を飲み干し、2杯目を作りました。2杯目を飲むときに「何か飲みやすい焼酎だな・・・」と思いましたが、またおかずを食べながら飲んでいました。が、どうもおかしい感じがしてきました。
2杯目も飲み終え、もしやと思い今度は焼酎だけ入れた所で飲んでみました。
すると何のことはありません、
焼酎とは「まっかな」ならぬ透明な嘘で、「唯の水」だったのでした。天女は騙したわけではなく、焼酎だと思い込んでいたのですが、「これ、唯の水やんけ!」と言うと、しばらくして事情を飲み込めたのか大爆笑しました。「水のお湯割りという題で天女の部屋に載せようかな。でも、それを2杯も飲んだんやから・・・」と言ったらもう笑いが止まりません。錆鉄人もつられて数分間笑い続けました。何をしても楽しい天女でありました。
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2006年以降の天女の部屋は こちら です。

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