秘境秋山郷 苗場山

05.09.03

天女の楽園

苗場山(1,982m)

天女が9月2日(金)〜3日(土)休みだったので
錆鉄人も2日を休みにして魚沼駒ケ岳や巻機山登頂を考えた。
しかし、2週間前に東北ヒコヒコ旅をしたばかりなので気が引けて
土曜日1日だけで戻れる山を捜して苗場山にしました。
苗場山の登山口の秋山郷は「桃源郷」として有名であり、
それもちょっと興味がありました。

山里暮らしの錆鉄人には
山の中の厳しい生活は窺えましたが
村人は素朴で良い人ばかりだとは思いますが
とても「桃源郷」とは思えませんでした。
都会人からはそのように見えるのでしょうか。
「そこで生活する」という視点での桃源郷ではないと思いました。

そこにあるのは、
全ての欲望を捨ててそこの厳しい自然の中で生きる、
自然によって生かされているという生活です。
欲望に突き動かされて生きている現代人には衝撃だと思います。

こういう所でも桃源郷と思えば桃源郷に思える
という禅問答のようなものかも知れません。

政治家は「常在戦場」というそうですが
「常在楽園」の思想こそ人類に必要なものかも知れません。


どうやって行くの?
北陸自動車道福井北ICに8時頃に乗って、名立谷浜SAに11時頃に到着、車中泊しました。(理由は、すぐその先が上越ICなので、そのまま走って高速を下りたら深夜3割引が摘要されないからです!)
2時間ほど寝たら、車内が暑くなって寝られなくなったので、車を走らせることにして(錆鉄人は環境に出来るだけ悪影響を及ぼさないように、冷暖房の為だけに車のエンジンを掛けない主義だからです。・・・年間2万キロも遊びで車を走らせている環境破壊者です。)上越ICで下りて、ほぼ西に走って津南町まで進み、南下して長野県に入ります。
特に津南町から長野県の県境までの道路は狭くすれ違い困難な道路が続きますので、慎重な運転と譲り合いが必要ですが、夜間なので1台も車に逢わず3時半頃栄村小赤沢に到着。ここからは山の中に入るのでカーナビの案内もないので、明るくなって山に入る事にして、そこにあった何とかドライブインの駐車場で再度車中泊しました。
さて、目覚めたのは6時近かったのですが、今回は苗場山だけなので余裕十分なので急ぎません。登山口への曲がり口を捜して車を走らせましたが、さすがに山里、早くも歩いているお年寄りがいたので尋ねると、少し戻った所だと教えられたので、Uターンして山を上がりました。


【標準コースタイム】
小赤沢3合目駐車場−3:30−頂上−2:30−小赤沢3合目駐車場
駐車場入口
山の中を走っていると、途中から舗装がなくなり、再び舗装道路となって、右の写真のような所に出ました。
四角い注意看板の下に「小赤沢方面⇔苗場山三合目」と書いてあるのですが、右の方にも舗装道路が続いているのでそちらの方に進みましたが、道路が下がりだしたので戻って、舗装してない左の道路に入っていきました。数キロ進んだ所が3合目駐車場でした。
せめて「小赤沢方面←↑苗場山三合目」と書いて欲しいと思いました。
駐車場までは一部以外は非舗装ですが、それ程走りにくい道路ではありません。ただし、排水路として道路に溝が掘られている所があり、通過する時は出来る限りの低速で走らないと下回りを打つ可能性があるので注意して下さい。(錆鉄人はうっかり打ってしまいました)
 
小赤沢からの道路はここでUターンしているのですが、3合目駐車場は左へ入って行きます。
駐車場
駐車場につくと4〜5台が駐車していて、そのうちの2台は登山準備を終えて出発する所でした。
横に車を停めてトイレに行き、着替えをして登山準備をしました。いざ出発しようとすると、1台の車が来て奥のほうに走り去ったので、我々も車に乗って駐車場の奥に進めました。

(下山時の写真、車が増えています)
3合目登山口 1,310m
この3合目駐車場は広大で、上の写真の所から2〜300m進んだ所が登山口で、そこにも数台の車が駐車していました。先程の車の人は中年の夫婦で登山の準備をしていましたが、我々は準備済みなので挨拶をしてすぐに出発しました。
3合目の標識は登山口を少し入った所にあります。

登山口 6:40
水場
登山口のすぐ右手に水場があります。水量は多くはありませんが、斜面から突き出たパイプから水が出ていますので、ここで給水も可能です。

4合目 1,470m
4合目には7:00ちょうどに到着。
右の折れた木のすぐ側、登山道から1mほどの所が地図に出ている水場です。

4合目の水場
この時期ですが、水量は豊富でした。前日の雨の影響かもしれません。全般に秋山郷は水が豊富な所だなという印象をうけました。

5合目 1,580m
5合目には7:20に到着。

6合目まで25分と書いてあります。
6合目 1,750m
6合目には7:40分に到着。
この区間だったか、前の区間だったか忘れましたが、天女が体調不良で5分程休憩していました。
日差しが射すようになっていたので、ここでようやく日焼け止めクリームを塗りました。約5分の停滞でした。

7合目までは15分と書いてあります。

7合目 1,810m
7合目には7:57到着。
先行していた夫婦が休憩していました。出発する所でしたが先に行かせてもらいました。

8合目までは20分と書いてあります。

8合目 1,940m
8合目には8:09到着。
錆鉄人は基本的に休憩しないので、天女は8合目のスタスタ通り過ぎようとしていたので、「ちょ、ちょっと、記念撮影」と呼びかけたら、写真のように振り返って写真に納まりました。
錆鉄人は登山では1歩でも無駄な動きをしないようにと言っているのが利いてきたのか、足を動かしません。(実際の登山では未だに先を余り見ていないので、無駄が多いのですが・・・)

9合目 2,000m
9合目の標識は見逃してしまいました。右の写真はこの岩のゴロゴロしてちょっと滑りやすい登山道が終わって、いよいよ木道になる直前の所です。
地塘
8:13
さて上りきった所にはベンチや標識があり、数名の登山者が休憩していました。我々は写真を撮ってそのまま出発です。
ここから頂上までは案外と長いので注意が必要です。

ベンチの前の景色
ミヤマホタルイ
地塘にはこのように一面にミヤマホタルイが生えているものがあります。
今はもう紅葉しかけていますが、初夏には青々としてまるで神様が植えた苗のように見えるところから「苗場」山と名付けられたという事です。
地塘
8:21
横を通りながら、撮影ポイントを探して、ここにしました。
再び岩場が・・・
さて、ズーッと木道が続くのかと思っていたのですが、このような岩のゴロゴロした所がまだありました。
天女もこういう所の通過が結構上手くなってきました。

天照大神の墓?
8:35
左手に墓石を並べたようなものがありました。
天照大神(一番奥)とか大山祇命(一番手前)とか書かれています。

地塘その2
遊歩道からは遠くにも地塘が広がっているのが見えます。
役行者
中央に役行者と書かれた石碑が建っていて、石がいくつか立っています。また左の岩の上にははっきりした石仏が鎮座しています。これが役行者かもしれません。
岩にはめ込まれたレリーフは名前を忘れたので誰か分かりません。顕彰の文も読んでみようと思ったのですが、分かりにくかったので諦めて進みました。

苗場山自然体験交流センター
役行者のすぐ先に自然体験交流センターが見えますが、もっと先のほうにちょっと高い部分が見えます。Webで調査済みの錆鉄人は、遊仙閣を目指して先に進みました。
遊仙閣
やがて遊仙閣に到着しました。小屋の前のテントの所で若いアベックが三脚をたてて写真を撮っていました。
標識が見えなかったので、頂上はどこかなと小屋の左手に回りました。するとそこに頂上の標識が見えました。

苗場山頂上
という事で、8:47頂上に到着しました。登山口から2時間7分でした。

この写真だけなら眺望のない頂上で残念だな・・・で終わるのですが・・・

目障りな遊仙閣
頂上の標識のこんな近くに「汚い」遊仙閣があるのです。この右手でドラクカンでゴミを燃やしていて臭かった上に、小屋の右手のベンチで休憩して、すぐ横の窓からビールを買って、「この後は雨になるのですか?」と小屋番の人に聞いたのですが、汚い部屋で雑炊かなにかを食べながら「さあね」と無愛想な返事でした。ビールもその横のダンボール箱に入っているのを無造作に取り出しただけです。
「頂上すぐ横の汚い遊仙閣」+「ゴミ燃やし」+「無愛想な管理人」の三悪に天女はすっかりご機嫌をそこね「こんな感じの悪い頂上は初めてね」と言いました。
しかもトイレは交流センターを使えと書いてあります。どこまでも感じの悪い小屋でした。

小屋が目障りです
苗場神社
という事で20分余り遊仙閣のベンチにいましたが、トイレに行きたいというので交流センターに戻りましたが、前まで来たら天女は「もうしたくなくなった。」と言うのでトイレを使わずに戻りました。
「トイレ100円」の表示があったので、それでやめたのと聞きましたが、「それよりも靴を脱ぐのが面倒だったから」との答えでした。無駄遣いをしない天女でありました。
という事で戻り始めて、来る途中にあった「苗場神社」の標識の所に来ました。そちら側への木道はロープで入れないようにしてありましたが、「苗場神社までは行けます」と書いてあったので、信心深い我々はお参りに行きました。一応100mほど先まで行くと、その先が見渡せそうだったので、遠くだったらやめようと話しながら行くと、そこの岩の上に真新しい小さな神社が設置されていました。(9:31)

賽銭箱がなかったので
お賽銭はあげませんでしたが
いつもどおりに丁寧にお参りする天女
その先
苗場神社のある所とその先とは10m程の段差があります。その向こうも地塘や草原が広がっていて気持ちの良さそうな所でした。木道も整備されていて何故通行止めなのか分かりません。
天女(天上)の楽園
実は上の写真と同じ場所なのですが、今度は日差しが射し込んでいて明るかったので再度撮影しました。
ファインダーに写る天女はニコニコしていたので、後で理由を聞いたら「いつものお父さんと違って、カメラを構えながら(写真を写す場所を移動していたので)時間をかけていたから。」と言いました。
天女にカメラを渡すとファインダー覗いて顔をしかめながら場所を移動してなかなか写さない天女を、錆鉄人はいつもからかっていたのでした。

という事で、この景色の良い場所を天女(天上)の楽園と名付けたのでありました。

下山
下山はピストンですから、特に写真で紹介するものはありません。ただ、たくさんの人が登ってきました。このコースだけで50人位いたのではないでしょうか。3合目の近くになって登って来る人がいたので「泊まりですか」と聞いたら、日帰りだという答えだったので「大丈夫ですか」と聞いたら、「ウーン、真っ暗になるだろうな」と言っていました。

という事で、我々は11:20駐車場に戻りました。出発して4時間40分ですから、休憩時間などを差し引くと往復4時間位でした。(今回は「早く早く!」というテレパシーを感じなかった天女ですから、急がなかったという事です。)
戻る途中で逢った夫婦連れの人は速いので驚いたと言っていましたが、急いでいるときの我々は本当に「ヒーヒーハーハー」ですから。

登山口の一番近くに駐車していました
無駄?が嫌いな錆鉄人です
食料危機
実は、津南町のコンビニで朝食を買い増ししようと思っていたのでしたが、走行した道路にはありませんでした。
それで、残りご飯で作った小さなおにぎり4個とパン2個とカステラ1本が我々の朝食兼山での昼食でした。従って登山口を出発するときはおにぎり1個とパン1個とカステラだけという有様で、天女が「もし道に迷ったら遭難するかも?」という程だったので、ポテトチップスとビールのつまみのスナック菓子をザックに入れて登り、結局おにぎりとパンだけで下山したのでした。修羅場をいくつも体験した錆鉄人と高貴な天女に「シャリバテ」という言葉はないのでした。
とはいえ、お腹が空いてきたのは事実でありまして、天女と「下におりたらカツ定位は食べたいね。」と言いながら車を出しました。
 
行きは小赤沢から右に山を上がって三叉路を左折して3合目駐車場に行きましたが、今度は三叉路を直進して、太い道路に出る直前が「のよさの里」です。
(地図は木道の始まりの所で写したものなので現在地は山の中になっています。)
のよさの里
お腹が空いていたので、温泉と食事とどちらを先にすると聞くと「先に温泉に入ったほうが身体にいいんじゃない。」とあくまでも健康志向の天女でした。
ところで「のよさ」って何でしょうか?のよさの里のホームページを見ても書いてありません。屋久島のげじべえの里とは大違いです。

下りる途中には道路に谷川の水を流している所があり、増水したときは通行出来なくなりそうでした。
かなり下るとキャンプ場の標識があり、少し下った所に右の標識が出ていました。「のよさの里」としか覚えていなかったので「牧之の宿」と書いてあるここは違う施設だと思いましたが、ちょっと見てみようと進んだのでした。

のよさの里
中央の入口の所まで車を進めましたが、温泉とは書いてないのでUターンして写真の辺りまでもだった所に案内標識があったので、車から降りてよく見ると露天風呂と書いてある部分があったので、再Uターンして、建物左側の駐車場に車を停めました。
実際はもう少し手前(入口の道路側)に広い駐車場がありますが、1台も停まっていなくて、先客は中央の入口の手前にある1台だけでした。
ここは受付や内湯・食堂のある本家と宿泊棟である分家や露天風呂が渡り廊下でつながれている配置で、いかにも建設費が高くて運営効率が悪そうな施設です。建設費が数億円で年間赤字が数千万円という所でしょうか。
こういうものが全国に五万とあるのですから、日本は国も地方も膨大な赤字を背負い込むはずであります。(たったの300円で利用出来るので良いと思っても、裏で税金が湯水のごとく注ぎ込まれているのです。)

右側の渡り廊下の先が露天風呂
露天風呂
ちょうど12時頃、受付でお金を払っていると、渡り廊下から中年男性が袋を提げて戻って来ました。入浴料を払った後、錆鉄人は本屋のトイレに入ってから露天風呂に行きましたが、途中で戻ってくる奥さんに会いました。
という事で入ってみると、露天風呂には誰もいません。天女に「こちらは貸切だよ!」呼びかけましたが、あちらも貸切状態でした。

そうしていたら、男女の仕切りの板の一番向こう側のかがり火を炊く道具のところから天女が顔を出しました。

温泉は透明です
のよさの里
それで温泉に入っている写真を撮ってもらったのがこの写真です。天女はタオルを顎ではさんで前を隠して写真を撮ろうとするのですが、カメラを覗く時に顎を上げてたのでタオルが落ちて上半身丸見えになりました。写真のように本家からもろに見える位置なのですが・・・。酸ヶ湯温泉でもそうでしたが、天女はそういう事が苦手なのかもしれません。
その後で天女はそっちに行こうかと言いましたが、誰か来ないとも限らないのでやめさせました。天女は酸ヶ湯で混浴の味をしめたのかもしれません。
男が女湯に入ったら犯罪ですが、女が男湯に入った場合はどうなるのでしょうか?お咎めはないのかな?

でも結局誰も来ませんでした。

百日紅(さるすべり)の花が
温泉に浮かんでいました
内湯
露天風呂は気持ちが良かったのですが、それだけでは長居も出来ず、30分程で声をかけて上がりました。天女の方が先に上がったのですが、男風呂のほうに入って来て「売店を見ているから」と言って先に行きました。
錆鉄人が入口の売店のところに戻ると天女はいません。奥の食堂かなと思って行きましたがそこにもいません。受付の人に聞いたら、「先ほど来られたのですが・・・」と言うのでもしかしてと思って、内湯の女湯の前で声を掛けたら「シャンプーがあったので入って頭を洗っているの」との事だったので、錆鉄人も入って頭を洗いました。

内湯は5〜6人程度が定員でしょうか
洗い場は3人分でした。
幻のカツ定!
という事で、もう1時近くなりました。我々はそれぞれ、今朝からパン1つと小さなオニギリ2個、それにビールのつまみのスナック菓子の小袋を1袋食べたに過ぎません。
大いなる期待を持って食堂に入りました、先ほどの夫婦がソバを食べ終わって休憩している所でした。
壁にメニューが貼ってなく、炊事場の仕切りの所に置いてあったメニューを見た天女は飲み物しかないと落胆していますが、そばを食べている人がいるのにない筈はありません。
炊事場には人がいなくて、受付の男性が食堂のほうに着たので聞くと、置いてあったメニューの下にはちゃんと食事のメニューもあったのでした。早とちりの天女です。
食事のメニューには残念ながらカツ定の文字は見当たりません。のよさ定食というものがあったので、しかたなくそれを注文したのですが、麺類以外は出来ないとの答えでした。
ここに至っては空腹を訴えていた天女も「カツ定の鬼」と化し「町まで行きましょう。」との結論で「のよさの里」を出ました。

山源
小赤沢の集落にはいくつか食堂と車中泊したドライブインがありましたが、いずれも小さいのでとてもカツ定は食べられないに違いないと判断し、素通りしました。それにしても、谷底は数百メートルの下で、対岸の玉には数百メートル上に道路があり、車が走っています。向こうの人もスゲー所だと思っているに違いありません。
やがて、「山源」というWebで見た木工品の販売店があり、レストランという看板も見えたので、ここならカツ定が食べられるに違いないと車を停めました。店頭には70万円もするケヤキの1枚板が展示してありました。
レストランは2階です。スリッパに履き替えて上がっていきました。
が、やはりここも「麺類しか出来ません!」でした。もうここまで来ればカツ定の鬼と化した天女は即決で1階に下りました。

カツ定は食べられなかったけれど
一応記念撮影しました
蛇淵の滝
Webで調べて知っていたのですが、「蛇淵の滝」入口の大きな看板が道路の向いにあり、杜甫5分と書いてあります。
滝好きの錆鉄人なので、カツ定の鬼と化した天女も付き合ってくれます。山源の左側を谷に向かって進んで行きます。途中から階段を100段ほど下りた所に展望所がありました。三脚に大型カメラを付けた人が撮影をしていましたが、ちょうど終わったようで我々が着くのと入れ替わって階段を登って行きました。

滝はすごい迫力ですが、残念ながら手前の木が邪魔をしています。そこで錆鉄人は展望所の回りを囲った鉄の手すりの上に乗って撮影したのでありました。先ほどの三脚の男性より確実に下のほうが写せます。そこから天女も画面に入れて撮影しましたが、顔がドアップなので載せるのはやめることにしました。

蛇淵の滝のいわれ
鬱蒼としていてさもありなんという場所です。ここまでの遊歩道もすぐ横から草がはみ出していますので、大蛇に注意して下さい。

蛇淵大権現
階段を上がったところには東屋があって休憩出来ます。そこに蛇淵大権現がありました。由来を読むと(要約)
明治の初め頃に大暴雨風があり暗黒雲が立ち込めていたが、激しい稲妻と共に巨大な大蛇が蛇淵から天に登って行き、大暴風雨はやんだという事であったが、村人は川の水を村人達が汚すので住み辛くなったからだと言い合ったとの事である。
これは水の大切さを忘れている私達人間に対する警鐘でもあるかのようである。

と書いてあります。

明治の初期にも、すでに河川の汚濁があって、しかも村人がそれを認識していたというのはすごい事である。
しかし・・・事態はさらに悪化する一方である。(ここ、秋山郷は過疎化が進んで、汚濁は良くなっているかも?)

前倉橋
「景勝秋山郷 前倉橋」の看板があり、おそば屋さんがありました。帰りがけの駄賃に車を停めて撮影しましたが、カツ定はないと思ったので店には入りませんでした。
看板の後ろの岩壁もなかなかの見所でありました。
橋を渡った所からは、本当に狭くて曲がりくねった道路であり、走行に注意が必要です。この日は津南町に出るまでに数台の車に会っただけですが、バスも運行しているらしいです。
萌木の里
かなり走ったら萌木の里の看板があったので入りました。
かなり大きな施設であり、「今度こそは」と期待して入りました。
そして遂にカツ定を注文出来たのでありました。メデタシ、メデタシ!

萌木の里
遂に午後2時を回ってしまいましたが、カツ定の鬼がカツ定にありつけました。

満足そうにレモンを搾る天女
萌木の里
錆鉄人は萌木定食です。岩魚と山菜を中心とした定食ですが、これで1,500円はちょっと高い気がしました。都会人向けでしょうか。
味は全くの山人仕様で、相当塩分が高いので注意が必要です。我々は登山でかなり塩分を放出したので、ちょうど良かったかもしれません。
いつも通り、お互いに分け合って食べましたが、カツのタレも相当塩辛かったです。

ダム湖
さらに帰る途中きれいな水を湛えたダム湖がありました。
津南町からも延々と山越えルートが続き途中眠気を感じた時もありましたが、暑くて寝られそうにないので日陰の駐車スペースを探しているうちに上越ICに到着してしまいました。その頃には眠気も覚めていました。

道路公団無駄遣いの象徴
ここが何処かわかりますか?
ほぼ100m間隔で橋が7本も架かっていますが、上に車が走っているのを滅多に見た事がありません。ここを通過するたびに、高速料金を下げろと思います。(ここだけでなく、ほとんどのものが数割は無駄なコストを掛けた設計になっていると思われます。例;無用に高い高架橋など・・・)

この後、尼御前で夕食を食べましたが、天女は今度もカツ丼を食べたのでした。錆鉄人はしょうが焼き定食でした。

総走行距離約750kmで、午後8時頃家に帰りました。

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