市ノ瀬から天女と日帰り 白山

07.04.29

白山(2,702m)

4月の百名山は霧ヶ峰で済んでいたのであるが
27日に鯖江から真っ白な白山を見て
ゴールデンウィーク中に天女と一緒に登りたいと思っていた。
しかるに、このゴールデンウィークは孫達がヨーロッパに行ってしまったので
キッチンのリフォームをする事にして
錆鉄人は曜大工で床貼りと壁のタイル貼りをする予定であった。

という事で、
27日夜には今までのキッチンセットを天女と二人で取っ払い
28日朝から工務店の人に来てもらって
水道やガスの配管工事に取り掛かってもらったが、
段取りが悪く3回も道具を取りに戻っていたので
案外時間がかかって29日も工事をするという事になった。

天気予報では29日は絶好の好天予報で
天女と一緒に登るとしたらこの日しかないのであった。
天女の休みは1日と5日であるが
1日は天気予報が悪く5日は田植えの予定であり
手空きとなった錆鉄人は(何かしようと思えば出来たのであるが)
工務店の人には悪いがお茶とお菓子を用意しておいて
勝手に休憩してもらうことにして
キッチンセットの搬入も工事が予定より遅れている事を理由に
2日を8日に変更してもらい
晴れて天女と白山に登れるようになったのであった。



どうやって行くの?
実は29日夜は集落の同好会で越前海岸へ魚を食べに行く予定であり、キッチンのリフォームのスケジュールも結構混んでいたので、登山する予定はしていませんでした。
という事で、10時過ぎに家に帰ってきてから登山の準備をして寝たのは12時近かったのでした。いつもなら3時に起きて5時には登山開始ですが、目覚ましは4時にセットしたのでした。

という事で、4時に起きて朝のルーチンをこなして4時半前には自宅を出発。金無し錆鉄人家は燃費の良い天女のムーブで出発。(何と天女が運転すると四駆なのにリッター18kmも走るのでした!天女なので車に乗っている格好かしていますが、天女は飛んでいるのかもしれません。)
燃料系がEマークの近くにありますが、Eになっても100kmは走るはずだからと出発。Eで入れると何リッター入るのと聞いても、もっと早く入れてしまうので分からないと答える天女でした。
市ノ瀬ゲート
さすがに早朝なので信号も点滅、ストレスなく進めます。勝山からの登りでは燃費を考えてアクセルを抑え気味に走り、トンネルからは得意のF1走法で勝山で前にいたカルディナワゴンに一気に追いつきました。市ノ瀬からの白山公園線もこの時間に下ってくる車はありませんからスイスイ。清水谷トンネルの効果もあってか1時間ちょっとで市ノ瀬に到着でした。
自然保護センターの前にはすでに20台程駐車していましたが、ゲートが本当に閉まっているのか確認のために進むと、ゲートの前の空き地に数台の車が駐車していたので錆鉄人もチャッカリここに駐車しました。(実はここに駐車出来る事は知っていたので進んだのでありました。)
という事で、5時38分にゲートを出発。ガシガシ歩いて1時間で別当出合に着く計画でしたが、天女のピッチが上がりません。少し歩いては天女を待つ優しい錆鉄人でありました。

落石

能登地震の影響でしょうか、いたる所に落石がありました。(十数か所)


こんな大岩まで・・・
御宝庫が崩れていないか
心配になった錆鉄人でありました。
慰霊碑
途中にある慰霊碑。鉄の扉で冬篭り出来るように作ってある合理的な設計に関心しました。扉を開けたのは家族の方でしょうか?
上りでは左カーブの所にあるので、車で走っていると見逃してしまうに違いありません。

芽吹き
向かい側の落葉樹が芽吹きでなんとも言えない色合いでした。ブナ林でしょうか?
バイク
テクテク歩いていると、苦しげなバイクの音が・・・。スーパーカブに2人乗りして上ってきました。原付の白ナンバーなので違反です!しかも後輪は空気がなくて半分位つぶれています。
運転している人はお爺さんと言っても良い年配で、何故かブレザーを着ているのはタクシーの運転手気取りでしょうか。後席=鉄の荷物載せの部分に登山者が座っていて、運転手にしがみついていました。しばらくするとバイクは運転手だけで戻ってきました。

別当出合
という事で、天女の足も遅くなったと嘆いていた錆鉄人ではありましたが、6時42分別当出合に到着しました。
融雪が流れた跡が凍っているので、先に進んで凍っていない所を探して歩る愛妻家の錆鉄人でありました。
という事で、ここでトイレ(まだ冬用トイレしか使用出来ません)に行って、凍った雪を登山靴で掘り起こして手を洗い、コンビニで買った寿司を朝食に食べました。サラダ巻きを4個ずつ食べ、錆鉄人はさらにおにぎりを1個食べましたが、天女は食欲がないと言ってそれ以上は食べませんでした。
そうしていると、ズドーンという大音響と共に、天女のすぐ後ろで登山者がひっくり返りました。トイレから戻って、屋根の下の融雪水が凍った上に不用意に足を置いたようです。大丈夫だよと言いながら仲間の所に戻っていきましたが、やせ我慢っぽく感じました。

後光が射す天女
という事で、7時丁度に鳥居を潜っていざ登山開始と記念撮影をすると、天女に後光が射しているではありませんか。ありがたく天女に向かって心で手を合わせる錆鉄人でありました。
吊橋
という事で、天女は光に包まれて吊橋を渡るのでありました。
数年前の大洪水で旧来の吊橋が流されたおかげで、わざわざ川岸まで下る必要がなくなり、時間的にも1分位は短縮出来るようになったのではないかと思います。

直登で苦戦
左岸に渡って数百メートルの所で雪渓が始まりますが、すぐに直登の足跡があったので登りましたが、天女はこういう所が苦手である事を忘れていました。という事で、錆鉄人は難なく登ったのですが、天女が苦戦しながら登ってくるのを優しく待っていたのでありました。
ところが天女は登ってくるなり「私、もう戻る。」というではありませんか。これでは鳥居の所で手を合わせてお祈りした甲斐がありません。
「帰り乗せてあげないよ!」と冷たく言い放つ錆鉄人に、(愛妻家の錆鉄人が置いて帰る筈がないのですが)天女はしぶしぶついてくるのでありました。

中飯場
それでも中飯場には7時半に到着。まあ順調と言わざるをえません。ここで天女にアイゼンを装着。羽衣にアイゼン装着の天女は怖いところ無しのはずです!錆鉄人のアイゼンはというと、ザックの重しです。
トレース
連休2日目という事もあってか(28日は結構荒れたのではないかと思いますが)、しっかりしたトレースがあるので楽に登って行けます。中にはスノーシューの跡も見えましたが、ツボ足でぜんぜん潜りません。
甚ノ助ヒュッテ
甚ノ助ヒュッテに8時45分到着。その数百メートル手前まで来た時、天女がおなかが空いたというので、日陰(天女は日焼けが嫌いです)で2回目の朝食(コンビにのパンとおにぎり)を食べ10分近く休憩していたので、中飯場でアイゼン装着した時間も引くと別当出合から1時間30分位で到着した事になります。
甚ノ助ヒュッテはこの時期見慣れた屋根のテッペンだけが見えている状況で、何人もの人が屋根に腰掛けて休んでいました。という事は暖冬で雪が少ないという訳ではなさそうです。

序章
甚ノ助の手前で休憩したので、そのまま挨拶をして通過したのでしたが、その先は足跡がやけに少ないなと思いながら進んでいたのでありました。
ミスコース
確かに数人の足跡がかなり急斜面を登っていたので、天女も登って行きます。ところが、足跡はジグザグに斜面を登っているのですが、天女は半分は後ろ向きに斜面を登っていくというスーパーテクニックを発揮。(怖いと言って、斜面で方向転換が出来ないのでありました。)
やがてガリガリに凍った幅2m程の斜面のトレースとなりました。アイゼンを付けた天女ですが、恐々斜面に手をやって渡っていきます。ストックを突いたほうがはるかに安心だと思うのですが・・・。続いて錆鉄人が渡りました。キックステップが全く効きません。凍った上に僅かに雪が積もった悪条件です。錆鉄人もここは緊張して通過しました。

ミスコース
という事で、こんな所を登ってきたのでありました。
付いて来たおじさん、ごめんなさい。
雪原
という事でやっと雪原に出ました。
夏山でも甚ノ助の先が白山では一番の難所です。
あれー?室堂は何処だったけ?
と話しながら登りました。
足跡の化石
新しく積もった雪が足でステッチされてその部分だけが吹き飛ばされずに残っていました。まるで足跡の化石だと思いました。
室道に到着
という事で、10時10分頃、室堂に到着。
すると、ビデオカメラを担いだ人が近づいてきてインタビューされました。「今年は初めてですか?」「荒島や蓼科や御岳に登りましたが、白山は今年初めてです。」「白山は何回目ですか」「4月から11月まで20回以上登っています。」「白山どの季節が好きですか。」「いつもいいですが、神々の座という雰囲気のあるこの季節が好きですね。花の季節ももちろんいいですが、人が多すぎるので。」などと答え、もちろん天女も質問されましたが、3回目なのに2回目だと答えたり、白山の印象はと言われたら「怖かったです。」と答えたりと相変わらずの天女ぶりでした。
という事でやっとインタビューが終わったら、もう1台のカメラが寄ってきて、またまた同じような事を質問されましたが、錆鉄人は好人物ぶりを発揮して丁寧に答えるのでありました。


予想以上に雪が多い印象です。
室堂
室堂は雪掘りの真っ最中です。若い学生アルバイトが屋根の雪を投げ捨てていましたが、やる気がないのか情けなくなるほど下手くそです。雪をやっと目の前に押し出しているだけの感じで、ピッチもノロノロ、仕事というより遊んでいる感じでした。錆鉄人なら彼らの5人分の雪かきが出来そうでした。
室堂の前には20人位の人がいましたが、登山者はせいぜい3割までで、スキーヤーやボーダーのほうが大勢でした。

青石
天上界と「地上界の境の青石です。
ここから上は天女の世界なのでありました。
室堂を振り返る
下の4人は一緒に室堂を出発したので意識しましたが、天女はかなりへばっていたのでありました。
青石から上はほとんど登山道に沿って登りますが、登山道が一部凍っていました。ここは一見して分かるから大丈夫とは思いますが、前日の雪で隠れている部分もあるので、室堂から上は石が露出していたらその上を歩いたほうが無難です。(アイゼン無しの場合)
錆鉄人の記憶では、青石から上はこの時期でもほとんど雪がなかったように思うのですが・・・

高天ヶ原
いつ登っても高天ヶ原は風が強い印象ですが、この日は午後から風が強くなる予報が、幾分早めに風が強くなったようでした。と言っても危険を感じるような風ではなく、ちょっと寒いなという風でありまして、ブレスサーモのシャツ1枚だった錆鉄人もボタンシャツを一枚着ました。
白山媛神社

人工の神社に自然の芸術です


何故かスマートに見える錆鉄人
頂上
しぶしぶ登ってきた天女でしたが、バンザイしてと言うと素直にバンザイしてくれました。頂上からの景色を見てバンザイしない人はいないと思います。(しかし、天女は早く風が当たらない神社の陰に行きたがっていました。)
大汝ヶ峰
神社で写真を撮ってもらったhatayanさんは
ここを登ってきたようです
剣ヶ峰

アルプス連峰遠望
右が乗鞍岳(さらに右に御嶽山があるのですが)
焼岳は白くないので判別が難しいですが、
槍穂・・・と続きます。
北アルプスの雄姿
カプリオR4の200mmズームで撮影
(色は修正しています)
実に絶好の登山日和でした!
感動!槍穂のアップ

別山
雪の閉ざされた印象の別山
まだ神々が鎮座されているのでしょう。
方位盤からの頂上と大汝ヶ峰
天女は白山媛神社の影で食事をしていますが、錆鉄人んは撮影に励んでいました。それから天女の所へ戻ってカクテルパートナーを飲みました。この天気ならビールで良かったのにとチョッピリ悔やみましたが、昨夜料理屋でビールをたくさん飲んだので、今日は自主規制の意味もありました。
海老の尻尾と御嶽山
上の写真で御嶽山だけ写っていなかったので、ここでサービス!
屋根の横を通る
という事で室堂に戻り、もう一度鳥居の前でお祈りをして、屋根の間をすり抜けるようにして到着口のほうに出ました。そこにトイレがあるからです。
弥陀ヶ原
五葉坂をカッコ良く大またで飛ぶように下り、弥陀ヶ原を斜めに横断してルートを辿ります。
ここで、天女が「室堂はどの辺りですか?」と聞かれ、「あの山の向こうです!」と答えたので、これまでの登りでくたびれていた登山者がすごく落胆していました。それで「違うよ。斜めに黒くなっている所の上辺りです。」と答えましたが、高さ的にはほぼそれで良かったのですが、実際はその右のほうのやや薄黒い部分でした。(逆「く」の字の下の部分)
中飯場

中飯場の少し上の作業道のトンネルです。登るときは左を通って藪で難儀しましたが、右側の登山道の所を歩けば何でもありません。ここで天女のアイゼンを外しました。


中飯場が見えます。
トイレが使えるかどうかは
確認しませんでしたが
まだ期待しないほうが良いでしょう。
流水
中飯場からしばらくすると夏道になり、雪がない部分も多くなりますが、融雪水が川になっていました。錆鉄人の安物の登山靴は防水スプレーの効き目もとっくに消えて(室堂からの下り辺りで中が濡れてきました)グチョグチョで足がふやけて痛くなってきていたので、水のない所を選んで歩きました。
別当出合

13時35分別当出合に到着。辺りを撮影している間に天女は先に登山センターに歩いています。ここで天女は何度目かの食事、錆鉄人と違って食べないで登山は出来ないようです。勿論、天女の食事は霞です。


別当出合の駐車場
前日の雪が少し残っているだけです。
落石
伝説の御宝庫が崩れなくて良かったとつくづく思う錆鉄人でありました。
道端のフキノトウはまだ食べ頃のものもあったので(我が家のフキノトウはさすがに花も終わっています)摘みながらのんびり下りました。錆鉄人の足裏がふやけて痛いからではありません、痛いから早く靴を脱ぎたいと思っていたのですから。

ゲート
という事で、やっとゲートの橋が見えてきました。あそこに停めて良かったやろと天女に自慢する錆鉄人でありました。
14時43分、ゲート入口に戻りました。

ふやけた足の裏
早速車の鍵を開けてスリッパに履き替えました。足先の深いシワになっている部分が痛かったのでありました。家に帰ってもまだ痛かったですが、トムラウシの時はもっと痛いのを我慢して果てしなく歩いていたのを思い出します。

工事をしてもらっていることもあって、温泉に入る予定でしたが大野で給油した以外は家に直行して、16時頃帰りましたが、工事は終わって帰った後でした。


悲惨な足裏

                      HOME

inserted by FC2 system